美人さんの案内
「これこれ、この事務棟の一階に生産部のオフィスがあって、その地下が工房になっとるんや」
そう言って、與座が案内してくれたのは、正門から見て、寺院擬きの右裏にある建屋だった。
「烏丸さん、生産部オフィスの奥におんねん」
得意げに語りながら、事務棟の正面玄関の自動扉へ向かう與座と、それに続く、山村、柊、僕、キキ。 一列に並びながら進む、その姿は、さながらドラクエごっこのようだ。 こりゃ、タンスがあったら勝手に開けても構わんよね?
「お待ちしておりました。 柊様でごさいますね?」
自動扉を潜ると、綺麗な女性が、そう言いながら、エレガントなお辞儀をした。
黒く、軽いパーマの掛かった肩までのボブヘア。 トップスは、大きく胸元の開いた黒のニット。 黒のタイトロングスカート。 全身、黒で統一されたコーディネートから覗く、顔と胸元の白い肌が妖艶に見える。
若干つり目ガチな細めのアーモンド型の目に、少し太めだが、整った形の眉。 高い鼻と控えめな口。 河合 美子とは、少し方向性が違うが、こちらも美人だった。
そんな美人さんに声を掛けられても、柊は返事することなく、ロビーをキョロキョロと見回している。 なんて失礼な奴なんだ……
美人さんは、玄関を入って、縦一列から、横へと広がった僕らを、軽く一瞥すると、柊をじっと見つめた。 ……にも関わらず、柊は完全無視の模様……
続いて、美人さんの視線は、キキへと向かった。 やっぱり、この人もキキが見えてるんだ……。 その後、美人さんの視線は少しズレ、僕とバッチリと目が合うと、そのままニッコリと微笑んだ。
やめて! そんなんされたら、惚れてしまう。
その瞬間、キキが僕の前へと回った。 まるで、僕を庇うかのように……
「なんで……こんなとこで止まってんだ? さっさと先進もうぜ?」
その時、柊が口を開いた。 その言葉に、美人さんが大きく目を見開いた。
「……素晴らしい。 本当に私の事が見えないようですね」
「……あぁ、柊兄くん? メガネ掛けた方がいいかもね」
美人さんの発言の後、山村が柊にメガネを掛けるように促す。
まさか……この美人さん……妖?
與座に促された柊が、赤い本を取り出し、メガネを掛けた。
「おお! 妖の出迎えがいたのか!?」
やっぱり、妖だったんだ……。
「……では、改めまして……、柊様でごさいますね? お待ちしておりました。 さっそくではございますが、烏丸の元へご案内させていただきます」
メガネを掛けた柊を確認した後、美人さんは、そう言って、再びエレガントなお辞儀をしてみせた。
◇ ◇ ◇
「俺が、烏丸 幹だ」
美人さんに連れられて、一階の奥のフロアを抜け、一際、立派な部屋に案内された僕らを待っていたのは、『山の典太』こと、烏丸 幹だった。
『山の典太』というイメージから、勝手に職人をイメージして、異世界物のドワーフのような風貌や、作務衣を着て手ぬぐいを頭に巻いたおっさんのイメージで考えていたが、実際に見てみると、ジャケットの代わりに白衣を着ているせいで、医者のように見える普通の白髪混じりのおっさんだった。
その烏丸の座る席の対面に、応接セットが置かれ、入室してすぐに、そこへ案内された。 当の烏丸本人は、入室した僕らを一瞥することもなく、応接セットを手のひらで指して、無言のままPC画面を見つめたままだった。
彼が、自己紹介をしたのは、作業がひと段落した後に応接セットへやってきて、ドカッと座った直後の事だった。
「……で、誰が柊 鷹斗だ?」
「俺が柊 鷹斗だ」
偉そうな烏丸に対抗するかのように、柊も偉そうに答える。
「なるほど。 で、そっちが……営業の與座君と……あとは誰だ?」
「あ、じゅずづ部の山村です」
山村が噛みきった自己紹介をする。 言い直すこともなく、堂々としたものだった。 痺れるぜ!
「え……と、柊のとこでバイトしてます……一ノ瀬です」
烏丸は、僕の自己紹介を聞いた後、キキをじっと見つめていた。 そこで、僕は、慌ててキキを手の平で指した。
「こちらは、僕の……僕に憑いてる鬼のキキになります」
キキの紹介を改めてするとなると、どう説明していいか難しい。
「キキ……か。 一ノ瀬君とは、趣味が合いそうだな……。 香織さん、皆さんにお茶を」
「かしこまりました」
烏丸の言葉に、美人さんがエレガントなお辞儀をして、その場を離れた。 趣味が合うとは?
「烏丸部長、アレ……悪魔ですね? 驚いたな。 生産部で悪魔を飼ってるなんて……」
美人さん、改め、香織さんが席を離れたところで、山村が口を開いた。
「……呪術部の山村君だったね? 訂正があるんだが、いいかな? 彼女は決して生産部付けではないのが一点。 そして、彼女と俺は、契約に基いた対等な関係だ。 故に飼ってるという表現は適切ではない。 それらを踏まえて、君に忠告しておこう。 口の利き方に気をつけろ!と」
山村の言葉が、烏丸の琴線に触れたようだ……ってか、この人、会って早々、與座とも揉めてたし、煽り癖があるんだろうか?
当の山村はと言えば、肩を竦めて、口の端をクイッと上げている。
そんなやり取りの後、香織さんと呼ばれた悪魔が、お茶を人数分持ってやってきた。 そのトレイには、三人分のティーカップと二人分の氷が浮かんだグラスが置かれていた。 この寒いのに、アイスなんて飲む人がいるんだろうか?
黙ってカップが置かれるのを見ていると、香織さんは二人分のアイスグラスを與座と柊の前に置いた。 いや、この二人、自分はアイスで! なんて一言も言ってないんだが……
「お、アイスティーやん。 おおきに! 自分、極度の猫舌やから、ホットやと、飲むのに時間掛んねん」
と、嬉しそうな声を上げる與座。
「エセ! お前もか! 俺も、猫舌なんだ。 こんなとこで同士と会えるとは……」
うん。 柊が猫舌ってのは、なんとなく知ってた。 流石は悪魔といったところか……二人の猫舌を見抜いて、適切な飲み物を選ぶなんて……
「改めて、紹介しよう。 こちらは香織さん。 さっき、山村君が言ってた通り悪魔だ」
「ご紹介に預かりました。 私、烏丸と契約させていただいております、香織と呼ばれる悪魔でございます。 他にもいろいろ呼び名はございますが、こちらでは香織と呼ばれておりますので、皆様も、名を呼ぶ際は香織とお呼びください」
烏丸の言葉を受けて、香織がエレガントなお辞儀をする。
「さて、今回は、柊君の武器を製作してほしい、という事だが……。 実はこちらからも、お願いがあってね」
烏丸は、一度言葉を切って、柊を見詰める。
「霊感が全くないという事だが、そのことについても、いろいろ調べさせて欲しいんだが、構わないかな?」
「変な事しないってんなら、断る理由はないな」
柊が、グラスの中で氷をストローで弄びながら答える。
「そいつは、よかった。 じゃ、まずは武器の適性を確認するのと、適性のある武器から何を選ぶかを決めないとな。 香織さん、ヒアリングを頼む。 残りの連中は、暇だろうから、俺がこの生産部を案内してやろう」
ん?
ヒアリングって、烏丸がやるんじゃなくて、香織さんがやるんだ?
「生産部の中を見るなんて、滅多にできひん経験やん。 こりゃ、役得だわ」
「確かに」
與座と山村は、生産部を案内してもらえるというところで、かなり嬉しそうだ。 そういう僕も、どんな武器を、どんな風に作っているのか見れるとなると、ワクワクしてくる。
「まぁ、お茶を飲み終わったら、出発しよう。 あ、そんな慌てて飲まなくて大丈夫だぞ」
烏丸は、そう笑いながら、優雅にティーカップを口に運んだ。




