『山の典太』
「やぁ、 久しぶり……ていうほど、久しぶりでもないかな? ま、いっか、二人とも元気だったかい?」
誰だろう? と思い、声の主を確認すると、そこには天パこと、山村 人成の姿があった。
「あら、山村さんやないの。 こないだは、お世話になりまして……」
與座が、ぺこりと頭を下げる。 なんでも、撮り直しになったアメージングのロケでも、力を借りたとか……。 もうすぐ、その特番が放送されるから楽しみだ。 ま、僕と柊は出演していないけども……
「でも、どないしたん? わざわざ、出迎えに来てくれたん?」
「まぁねぇ。 今日はじゅず……ずじゅ……じゅじゅちゅ……うちの仕事、珍しく閑古鳥でね。 大事な客人がクラゲに刺されたら大変だってことで、生産部までのボディガードってとこかな」
與座の質問に気楽に噛みまくる山村。 だが、その答えを聞いた與座の表情が曇る。
「……あ~、こないだの件で、山村さんがええ人っちゅうことは、わかっとるけど……、 なんや……その……自分とこのエースをクラゲ呼ばわりってのは、良くないんちゃう?」
「そうかい? みんな呼んでるぜ? だいたい、呪殺王子なんて呼んでるの、本人と親父殿くらいのもんだよ」
與座の忠告を、右手をヒラヒラさせながら、受け流す山村。
「ま、滅多にエンカウントしないと思うけど、念の為にね」
山村が、口の右端だけをクイッと上げて笑う。 なんだろう。 わざわざ僕らの前で、争わないで欲しい。
ムームー
気まずい雰囲気の中、バイブ音が響く。
「あ、わり! 電話だ」
そう言いながら、柊が少し離れた場所に移動しながら、スマホを取り出す。
「あ~、ども。 …………今? 今は、『山』ってとこに……そうっす。 その『山』っす」
話し始める柊に違和感を覚える。 かなり気を使った喋り方のような気がする。 電話の相手は、余程の人物なのだろうか?
「え~っと、ちょっと確認します」
なんだか、疲れたような顔で、柊がこちらを見る。
「あ~、與座くん? 今から、こっちに来たいって人がいるんだけど、いいかな?」
なんだろう。 柊の様子が変だ。
「は? 誰?」
「うん、その~、なんだ……、うちの師匠……」
「師匠!? そんなんおったん?」
「まぁ、その……あの……前の『本』の持ち主なんだけど……」
「えぇ! 先代の『赤の書』の所有者ってことかいな? なんや……こう、いろいろビックリなんやけど……。 何しに来るん?」
「なんか、よくわかんねぇけど、急ぎで会いたいらしい……」
「誰に?」
「……俺に」
「……ほうか……今じゃないとダメなん?」
「……ダメらしい」
「……ほうか……場所わかるん?」
「……わかるらしい」
「……ほうか……ま、ええけど……」
いいんだ!?
「もしもし? えぇ、いいみたいっす。 ……うす。 ……了解っす」
與座の返事で、柊がスマホに話しかける。 すごい……体育会敬語だ。 柊が電話を切ったタイミングで、與座が口を開いた。
「……ほな、受付に連絡しとくわ。 そん師匠の名前教えてもろてええ? いや、やっぱ、このメモに漢字で名前書いてもろてええ?」
柊がメモに名前を書いて與座に渡すと、與座が受付に行き、警備の人と話を始める。 與座が離れたタイミングで、山村が笑いながら柊に話しかけた。
「まさか、先代の『赤の書』の所有者と会える事になるなんて……。 なぁ、柊君、師匠って、どんな人なんだい?」
この人、生産部までのボディガードって言ってたけど、二時間後も一緒に居るつもりなんだ……
「いやぁ、鬼だよ。 鬼。 まさに……鬼教官そのものだよ」
柊が、うへぇといった表情で答える。 あの柊が、体育会敬語とは言え、タメ口じゃない時点で、きっと、厳しいであろう事が予想できたが、やはりそうなんだ……
「まぁ、でも、せっかく会いに来ても、君、烏丸さんのとこに行くんだろう? 大丈夫なのかな?」
「大丈夫って?」
山村の言葉が、やけに引っかかった。 大丈夫?ってどういうことだ?
「いや、烏丸さんも、大分、癖が強いらしいからね。 その師匠が、せっかく会いに来てくれても、『今は、俺の時間だ!』とかかなんとか言って、会わせてくれない可能性もあるってことさ」
「そんなに癖が強いんですか?」
「まぁ、『山』で、生産部長なんて役職やってる人だからね……。 癖が強くないと、務まらないのかもね」
その言葉で、気が重くなる。 モブ体質の僕としては、癖の強い人間ってのは、かなり相性が悪い……。 柊がメインの用件とは言え、もし、振り回されるとしたら、確実に僕が振り回される事になるだろう……
「あ、でも、武器製作の観点で見たら、かなりすごい人だから安心しなよ。 なんせ、『山の典太』って言われてるくらいだからね」
『山の典太』……。 どこかで聞いた事が……。
あ、そうだ! 桐生ちゃんだ!
彼女が、打ち上げの時、柊と與座が黒ハゲに夢中になってた時に、散々愚痴ってた話で聞いたんた!
確か、柊が折った刀が『山の典太』って人が打った刀だなんだって言って気がする。 仕方なかったとは言え、その愛刀が折られた事を、延々と嘆いていたんだ!
「典太……」
桐生ちゃんの話を思い出して、思わず呟いた言葉に山村が反応する。
「典太ってのは、三池典太光世のことだね。 平安時代かなんかの刀工の名前さ。 彼の打つ刀は、刀剣に魂が乗り移り、魔を追い払う能力を持つ、とも言われていてね……。 天下五剣のひとつ、大典太光世っていうのが有名な所かな」
おぉ、かなりすごい刀工だったんだ……
「烏丸さんは、その光世に並んでもおかしくないくらい凄いって、ことで『山の典太』って呼ばれてるんだ」
「うげぇ、じゃ、やっぱり日本刀とか渡されそうなんじゃん……」
典太の話を聞いて、柊がうんざりしながら口を開く。
「うん? なんで、そんな嫌そうなんだ? 烏丸さんが日本刀を打ってくれるなんて、『山』の人間からしたら、垂涎物だぞ」
「実は……」
「なるほど! 銃刀法違反かぁ! そいつぁ、確かに大問題だ!」
柊が、日本刀を嫌がっている理由を話すと、山村は体を捩らせて、大笑いした。
「実際、『山』の人達は、日本刀持ってても問題ないんですか? やっぱ、政府公認なんですか?」
「いやいや、実際はダメだよ」
山村が、涙を拭きながら答える。
ってか、ダメなんだ!?
「まぁ、でも、実際、俺が知ってる限りでは、問題になった事はないなぁ。 噂じゃ、営業部とか経営企画部が事前に手を打って、職質されないようにしてるっていうのは聞いた事があるな……。 そもそも、うちの連中は、放っておいたら、いつ職質されてもおかしくないような風貌の奴多いし……」
「手を打つって?」
「警視庁のお偉いさんと繋がってて、所轄とかが動かないようにしてる……って、ま、噂レベルだけどな……」
山村が、片方の口の端をクイッと上げながら呟く。
「まぁ、貰えるのが刀って決まってる訳でもないんだし、貰ってから悩めばいいんじゃないかな?」
「ても、『山の典太』なんだろ? ほぼ確じゃね?」
柊の言葉で、再び、山村が笑い始めたところで、與座が戻ってきた。
「お待たせさん。 一応、柊兄の師匠が来たら、俺に連絡してもらうよう頼んどいたわ。 ……なに? なんか盛り上がっとった?」
「いやなに、貰える武器が日本刀だったら、どうしよう? って話さ」
「なんや、まだそないな事言うとったんかい。 んなもん、日本刀貰えるってなってから、考えればええやん」
山村の言葉に與座が答え、その言葉を聞いて、山村が片方の口をクイッとあげながら言った。
「な?」
そのやり取りを見て、ヤレヤレと柊は、肩を竦めたのだった。




