呪いのノート
「すでに知っている人もいるかもしれませんが、昨日、西川 和也さんが亡くなりました」
本木は、沈痛な面持ちで静かにそう告げた。 朝の会での出来事だった。
うそ?
そんな……。
え? マジ!?
西川くんが?
かっちゃんが?
予想していたとは言え、生徒達は、その悲報に様々な反応を見せ、朝の会がざわめきに包まれた。
「はい。 皆さんの気持ちはわかりますが、一度、落ち着いてください」
本木の言葉で、教室に響く声が一つ、また一つとなくなり、しばらく経つと、数人の女生徒のすすり泣く音以外の音が消えた。
「ご家族の希望で、葬儀は家族葬にしたいということですので、クラスでの葬儀への参列は見送りとなります。 ただ、お通夜は行うということですので、参加したい人は、今夜のお通夜へ参列する形を取りたいと思います」
本木は、お通夜への参列希望者への集合場所と持ち物、服装を連絡し、朝の会を閉めようとした。
「先生! かっちゃん……西川さんの死因はなんだったんですか?」
そんな本木へ、一人の生徒が質問を投げかけられる。 その質問を切っ掛けに、再びクラス中がざわめきに包まれた。
「……静かに!」
その言葉で、皆が、次の本木の言葉が紡がれるのを固唾を飲んで見守った。
「……詳しい事は、……わかりませんが、マンションの八階の自室のベランダから、転落したということです」
「……事故?」
再び、クラスがざわめき始める。
本木は、それが事故ではない事を知っていた。 和也の母親から話を聞いたからだ。
和也は、昨日の夕方、夕食の準備をしていた母親の目の前で、自分からベランダに駆け込み、手摺りを乗り越えて、自ら飛び降りたのだ。
「もうダメだ! 最悪だ! もう生きていられない!」
そう叫びながら……
和也の母親から、電話で、その話を聞かされた時、イジメはなかったか? 何か耐えられないようなことが学校であったんじゃないか? など、震えた声で聞かれたことを思い出し、憂鬱になる。
あの時は、和也が亡くなって、そこまで時間が経っていなかったため、本木の『そういうことはありませんでした』という回答で、なんとか話は終わったが、葬儀を終え、落ち着いてしまったら、糾弾が……犯人探しか始まるであろうことが簡単に予想出来た。
過去、十年程前にも、この三島小学校の生徒が一人自殺したらしいが、その時も、亡くなってから数日後に、両親から執拗に責められる事になったらしいと、学年主任から聞かされたばかりだ。
イジメはなかったか?
……イジメは、『あったかもしれない』というのが、本木の見解だ。 だが、おそらく、西川 和也は、あくまでイジメた側であり、 イジメられた側ではないはずなのだ。 追求された時に、それを馬鹿正直に答えるべきなのだろうか? 火に油を注ぐ結果になるのではないか? そいつを言ったら、ただの煽りではないか? 息子を亡くして意気消沈しているご両親を煽ってどうするというのだ? とにかく、少し落ち着いたら、和也と仲の良かったグループに話を聞く必要があるかもしれない。
本木は、延々とそんなことを考えながら、その日一日を過ごし、いつの間にやら、帰りの挨拶を迎えていた。
「はい、では日直!」
「起立、気を付けぇ、ありがとうございましたぁ」
「「ありがとうございましたぁ」」
帰りの挨拶を終えると、イジメの被害者だと思われる寺内 優治の席に、加害者の一人だと思われる牧田 泰彦が近付いた。 それを見て、本木は、小さくため息を漏らした。
「……なぁ、あの『ノート』……持ってるんだろ?」
「…………」
「持ってるんだろ? 机の中に……」
「なんで、わかるの? しまうのを見たの?」
泰彦の問いに、優治が答えると、泰彦は片目を瞑り、坊主頭をガシガシと掻き始めた。
「わかるんだよ。 ……その机から、すげぇ、嫌な感じがするから」
「なぁ、かっちゃん……死んだの……絶対、その『ノート』のせいだよな?」
「…………」
「なぁ、なんとか言えよ」
「寺内さん、牧田さん。 それは、どういうことだい?」
職員室へすぐに戻らずに、二人のやり取りに聞き耳を立てていた本木は、思わず口を挟んだ。
「先生……」
「……西川さんの件について、何か知ってる事があるんですか?」
本木は、すぐに職員室へ戻らなくてよかったと、自分で自分を褒めてやりたい気持ちでいっぱいだった。 和也の自殺の原因がわかれば、彼の両親に責められても、切り抜ける事ができる。
「……実は……」
………………
優治と泰彦の話を聞いた本木は、正直、ガッカリした。
ガッカリしたのだ。
呪いのノート?
そんなもの……あるわけがない。
「そうか……そんなノートが……」
とりあえず、話を合わせる本木。 優治からノートを受け取り、迷わず、そのページを捲ろうとした。
「待って! ……待って……ください」
慌てた泰彦の声で、本木の手が止まる。 隣の優治も怯えている様子から、彼らは、本当に、そのノートが呪いのノートだと信じているようだった。
「……そうだな。 ごめん。 先生、ちょっと、軽率だったな……」
後で、職員室で見よう。 本木は、そう考え、二人の言うことを信じる振りをした。
「とにかく、こんなやばいモノは、子供が持ってていいものじゃない。 こいつは、先生が預かるから……。 二人とも、それでいいな?」
「……はい」
「よし。 じゃ、その話はここまで。 二人とも、西川さんのお通夜には、行くんだよな?」
「……はい」
「ん、じゃあ、またその時にな。 気をつけて帰れよ?」
本木は、二人を見送った後、肩を落として、職員室へと向かった。
◇ ◇ ◇
その日、最低限やらなければならない業務を終えて、本木は顔を上げた。 そろそろ、一度帰って、お通夜へ向かう準備をしなければ……。
ふと、机の脇に置いてあったノートに目が止まる。
呪いのノート。
ゴクリ
一度、喉を鳴らした後、そんな自分に思わず、笑みが溢れる。
バカバカしい。 そんなものがある訳がないというのに……
本木は、なんとなく、ノートを手に取り、その表紙を捲った。
クスノセ ミツキ
聞いた事のない名前だった。
話では、ロッカーと壁の隙間から出てきたらしいが……、何年前の五年三組の生徒なんだろうか?
そんなことをぼんやりと考えていると、下校時刻を知らせる放送が響いた。
『下校時刻を過ぎました。 校内に残っている生徒は、速やかに帰りましょう』
♪~♪~♪
もう、そんな時間か……
本木は、さらにページを捲った。
「……………はっ。 なんだこりゃ」
思わず鼻で笑ってしまった。 子供というものは、本当にイタズラが好きなのだろう。 そう考えて、ノートを閉じた。
結局、お通夜へは、クラスのほとんどが参列することになった。 同じ学区内の斎場を使うということで、学校の正門に集合して、本木が引率して、連れていくことになっている。
本木は、喪服に着替えるため、一度帰ろうと、他の職員に挨拶をして、職員室を後にした。
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