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心霊スポットで降霊術をやってみた!

 草木も眠る丑三つ時、虫の鳴き声と、時折起こる風による葉の擦れる音が、やけに五月蝿く聞こえる。 こんな騒がしい状態で、『草木も眠る』という表現は、些か間違いなのでは? と、突っ込みを入れたくなる。


 僕、一ノ瀬(いちのせ) 航輝(こうき)は、今、地元で有名な心霊スポットである『旧八又(はちまた)トンネル』の前に来ていた。

 使われなくなったトンネルゆえの申し訳程度の街灯と、トンネル手前の脇に設置されている、今時誰が使うんだ? という感想を抱かせる電話ボックスの照明が、気味の悪さを倍増させている。


 この、とある旧道にあるトンネルでは、様々な怪異が報告されている。 例えば……。


 トンネル内で急に車を止めた運転手が、一緒にいる友人に向かって話しかける。 気のせいかもしれないから、足を見てほしい。 ただし、何を見ても逃げないでくれ、と……。 友人達は、訝しがりながらも促されるまま、運転手の足元を見る。 運転席の床には運転手の足を掴んでいる白い手が生えていたという……。 恐ろしくなった友人達は、足を掴まれている運転手を置いて、車から逃げてしまう。 後日、トンネル内で無人の車が見つかったが、運転手はついに見つからなかったという……。


 実際は旧道の入口には石柱が立てられており、車が入れなくなっているのはご愛嬌だ。 ……などなど多くの怪談が生み出されているスポットである。


 なぜ、こんな真夜中にそんな心霊スポットに来ているか?


『心霊スポットで降霊術をやってみた!』……そんな動画を作り、MyTube(マイチューブ)で配信するためだ。


 MyTubeは、世界最大の動画共有サービスで、そこに動画を配信することで収益を得ている人達は、MyTuber(マイチューバー)と呼ばれている。

 MyTuberは、『小学生のなりたい職業(男子の部)』の6位になるほどの人気職業なのだ。 ただし、MyTuberとして喰っていけるほどとなると、かなりの狭き門を突破する必要がある。 そもそも、多少でも収益を得ようとする事、それ自体が困難な道のりなのだ。


 チャンネル登録者数、1,000人。


 それが、MyTuberへの最初のハードルとなる。 ましてや、それだけで喰っていこうとすると、どれだけのチャンネル登録者数が必要なのか……。


 大学に入って、2年目。 今年で20歳になる僕は、この歳になって悟った事がある。 それは、決して僕は主人公になれない、という事だ。 勉強もスポーツも並み。 おまけに顔も並みときたもんだ。 さらに、社交的な訳でもなく、完全に孤立する訳でもない。 時に華やかな人達のグループに誘われる事もあれば、地味目の人達のグループに誘われる事もある。 スペック的にも、立ち位置的にも、まさにモブキャラ路線一直線という有様だ。


 せめて、一度は主人公になりたい! と思い、MyTubeに日々の出来事や感想を動画で配信し始めたが、結局、視聴回数もチャンネル登録者数も振るわず、……撃沈。 まぁ、そりゃそうだ。 そんな訳の分からん大学生のとりとめのない日常など、誰が面白がると言うのか?

 そこで、どうせ撃沈するのならば好きな事をやろうと路線を変更。 今では、元々好きだった都市伝説や怪談を語るホラーチャンネルを作って、細々と配信をしている。

 好きな事をやっているおかげか、ほんの僅かではあるが、チャンネル登録をしてくれる人達も出てきた。


 今日は、そのホラーチャンネルの夏休み特別企画として、『心霊スポットで降霊術をやってみた』という企画を行う予定なのだ。 もちろん準備に抜かりはなく、必要な備品は昼間のうちに運び込んである。


 降霊術は、『こっくりさん』のようなメジャーなものではなく、ネットで見つけたマイナーな、お手軽降霊術をチョイスした。 時間が短くて済むし、コックリさんだと、動画が地味になる気がしたからだ。

 運良く、何か不思議現象などが撮れれば、視聴回数も一気に増える可能性があるだろう。 思わず、ムフフと笑ってしまう。 いかんいかん。 まだ不思議現象が撮れると決まった訳ではないのだ。 取らぬ狸のなんとやらだ。


 敢えて、この企画の難点を挙げるとしたら、夜中のトンネルを見て、僕自身が怖気付き始めている事だ。


 そもそも、僕は霊の類を信じていない。 ホラーチャンネルなるものを配信しているにも関わらずだ。

 その事を不思議に思う人もいるだろう。 だが、考えてほしい。 怪談や都市伝説などをネタにして、ネットに上げるなどという行為を、霊を信じている人がやるだろうか? 霊を信じている人からしたら、そんな行為は、何か良くないモノを呼び寄せる元と考えてしまうだろうし、下手したら祟られると考えるのが普通なのではないだろうか? むしろ、そういうものをネタとしている人間は、きっと、霊? なにそれ? おいしいの? という人間ばかりだろう。


 そう、僕は怖い話は好きだが、実際は信じていない。 ただの創作として楽しんでいるし、同じように創作として楽しんでほしい、という気持ちで動画を配信しているのだ。


 じゃあ、霊など信じていないのに、なぜ怖気付くのか? そりゃ、100%否定できる訳ではないから、としか言いようがない。 現にたくさんの体験談が語られ、科学的に完全に否定された訳でもないのだから、ひょっとして……、もしかしたら……、ちょっとだけよ? などと考えてしまうのは仕方のない事だと思わないだろうか?


 などと、グダグダ考えて自分を誤魔化しながら、ハンディカメラとLEDを取り出して、実況しながらトンネルの周りを撮影し始める。 そして、嫌々ながらもトンネルに足を踏み入れる。


 昼間来た時にも見たが、トンネル内は空き缶やペットボトル、お菓子の袋などのゴミがところどころにあり、いかにも利用されていない感が滲み出ている。 昼間のうちにゴミ拾いしないのか? そんなんしたら、せっかくの雰囲気が壊れるじゃないか? 壊れたら視聴回数が伸びないぞ。 伸びないと泣いちゃうぞ?

 カメラを構えながら、いいネ、すっごくいい感じだよ? などと、勝手に決め付けたカメラマンのイメージで脳内実況を始める。 もちろん怖いからだ。 当然、実際の実況ではビビっている感じを前面に押し出す事を忘れない。 まぁ、そっちの方が素なのだが……。


 そして、トンネルの真ん中あたりで、今から降霊術を始めます的なコメントをした所でカメラを止める。 降霊術の準備を行うためだ。


 準備といっても簡単なもので、昼間運んでおいた二枚の姿見を向かい合わせに配置し、それを撮影できるように、少し離れた位置にカメラと照明をセットするだけだ。 予め、準備しておいたものがこちらにナリマス。 まるで3分クッキ○グのようだ。


 今回の降霊術は、合わせ鏡の間に立って、ポーズを取るというだけのお手軽降霊術だ。

 ただ、ポーズには諸説あるようだったので、順番に試していく予定だ。


 準備を終えた僕は、三脚にセットされたカメラの録画ボタンを、えいっと押す。


 少し緊張しながら、合わせ鏡の間に立つ。 動画を編集する際は、顔にモザイクを入れなきゃな、などと考えながら、最初のポーズを取る。 厨二丸出しのキザなポーズだ。 そのポーズで3秒ほど静止する。


 次は、ちょっと間抜けに崩したジョ○ョ立ちといった感じのポーズだ。 実況しながら、ポーズを決めては変え、変えては決め、を繰り返し、いよいよ最後のポーズとなった。


 僕は難易度の高い、ヨガっぽいポーズを取り、プルプル震えながら、頑張って静止する。 脳内で、ナマステ〜と聞こえてきそうなポーズだ。


 その瞬間、……先程まで五月蝿かった虫の鳴き声が止み、空気の温度が急に下がった気がした。

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