9
私が起きたことはすぐ伝えられ、数分もたたないうちにカテリーナが訪れた。
「リリー!!大丈夫っ!?」
「心配かけてごめんね。大丈夫よ。」
「良かった…。寝込んでいるって聞いて…!」
寝込むというより寝入ってしまっただけなのだけれど。
よほど心配してくれたのだろう、可愛い顔が涙で濡れてしまっている。
「泣かないでリーナ。本当に大丈夫よ?あんまり泣かせちゃうとロックウェル様に私が睨まれちゃうわ。」
「カート様がリリーを睨むなら私が睨み返すわ!だってリリーの安全を完璧に確保できなかったのはお兄様たちの落ち度だもの!」
「でも、ちゃんと守ってくれたわ。」
「そんなの当たり前よ!」
それからカテリーナがだいたいのあらましを教えてくれた。
アシュタルト家が治めている領には昔から稀少動物が住んでおり、その毛皮が大変高価なものだった。
1年前、金銭事情が怪しくなってきたシュナウザー家がそれに目をつけ、密猟を始める。
ところが最近になって密猟に気付いた近隣に住む村人が見張っていた所、現場を目撃したらしい。
通報しようとする村人を脅し、反対にシュナウザー領に無断で狩りに入ったと証言させ、そして──。
「それを盾に莫大な持参金を目当てにリリーとの縁談を持ちかけた、ということらしいわ。そしてそれを機に密猟ではなく正規に狩りの権利を手に入れようと。」
「そんな…。」
「どうやらその毛皮が国外で流通していて、お兄さまとカート様は王太子殿下の指示で、もともとこの件を追っていたみたいなの。」
そうか、どうりで私の提案にあっさり乗ったわけだ。
追っていた案件が、自分の手の中に転がってきたのだから。
すっと心が冷え、ぎゅっと心臓が掴まれたかのような痛みが走る。
「…ねぇ、リリー?」
「なあに?」
「あの…お兄さまのことだけど…。」
「…わかってるわ。婚約のことはなかったことにする。もともとあの縁談から逃げるためにレイに協力してもらったんだもの。」
「…でもリリーは…。」
ああ、気付いたのか、私の気持ちに。
なんでもないように笑おうとしたけれど、きごちなくなったのは自分でも分かってしまった。
「大丈夫だから、リーナは心配しないで?」
「あっあの、ね、」
「本当に、大丈夫…っだからっ…。」
「リリー…。」
耐えられずぼろぼろと涙が零れてくる。
モーズレイ家に行ってからというもの、レイナードはからかう事はあってもとにかく優しかった。
でもやっぱりそれは目的があったからで。
「リリー…ごめんなさい…。」
「やだ、リーナが謝ることじゃないわ。私が勝手に期待しちゃっただけなの。」
「でも…。」
コンコン、とドアがノックされた。
「…はい。」
「お嬢様、レイナード様がいらっしゃいましたが…。」
ビクッと肩が震えた。
とても今は会えるような気分でも状況でもない。
どうしよう、と思わず出た声も震えていた。
「駄目!お兄さま入って来ないで!」
「リーナ?そこにいるのか?なんで駄目なんだ?」
「駄目ったら駄目よ!この大馬鹿者!!」
「おい…ちょっと待て…俺なんかしたか…?」
このままでは兄妹喧嘩が始まってしまいそうだ。
大きく息を吸って、声を出した。
「レイ、あの…ちょっと気分が悪くて…また後でにしてもらってもいいかしら?」
「…大丈夫か?」
「ええ、少し休めば大丈夫だから。」
「…分かった。」
いつまでも引きこもってはいられない、早く切り替えなくては。
そう思うもののなかなか上手くいかず、結局この日は部屋から出ることができなかった。




