97 藤平デー
夏のグランプリ・宝塚記念は、山田 大河騎手のセボンマキシマムが優勝。同馬は前哨戦のGⅢ鳴尾記念からの連勝で、GⅠ初制覇を飾った。
これで上半期の中央競馬のGⅠは全て終了。暦が7月に替わろうとしているこの時期、秋へ向けて充電する馬もいれば、飛躍のため、生き残るために続戦する馬もいる。騎手・藤平 優にとっては二度目となる、暑い夏が始まろうとしていた。
その優が並々ならぬ意欲を燃やしているのは、夏の福島開催開幕週の日曜メインレース・GⅢラジオNIKKEI賞。このレースには、デビューからコンビを組むソーマナンバーワンが出走を予定している。クラシック出走馬たちとも好勝負を繰り広げて来た同馬の実績と能力は、ここでは上位の存在である。人馬ともに悲願の重賞初勝利が掛かるこのレースに向けて、優は待ち切れない思いで腕を撫していた。
「えへへ、優センパイ。運が良かったら、あたしも出られるかも知れないんですよ、ラジニケ賞。」
週中の美浦トレセン。嬉しそうに話すのは、後輩の雅だ。彼女の騎乗が想定されているのは、ホウヨクテンショウ。優からバトンを受けて未勝利戦を勝利した後、5月の新潟で1勝クラスのレースに出走し3着。ここは7頭中3頭が出られる抽選待ちとなっていた。
「抽選に通れば、ミヤビンはこれが重賞初騎乗か。出られるといいね。」
たとえ人気薄であろうと、重賞騎乗のチャンスで昂る気持ちは、自分も去年経験したから十二分に分かっているつもりだ。ホウヨクテンショウの抽選突破を心から願う優であった。
水曜日には、優を背にしたソーマナンバーワンが、本番に向けて追い切った。
ウッドチップコースで残り6ハロンから追われた同馬は、15.6-14.3-13.8-13.2-12.6-11.8の綺麗な加速ラップを刻んで、ラストは軽く追われただけで併せ馬のパートナーを突き放して見せた。叩き良化型らしく、仕上がり途上だった前走とは動きが一変。勝った未勝利戦時と同様、あるいはそれ以上の良化を見せていた。
「体は前回とそんなに変わってないと思いますけど、中身が違いますね。毛ヅヤ、筋肉の張りもいいし、追ってからの反応はまるでワープしたかのようでした。過去最高の仕上がりなのは間違いありません。」
太陽に追い切りの感触を伝える優の口調も弾む。
「自分がきちんと乗れば結果は付いて来る。ずっと乗せてくれている相馬オーナーに恩返しが出来るといいな。」
決して小回り向けの脚質ではないソーマナンバーワンだが、今の反応の良さなら苦にすることもないだろう。重賞制覇に向けて、優は自信を深めていた。
そして運命の日曜日がやって来た。まだ梅雨明けが発表されてはいないが、特異日とでも言うのだろうか、不思議とこのラジオNIKKEI賞の日は、天候に恵まれて良馬場で行われることが多い。今年も芝、ダートとも良馬場でスタートした。
まずはダート1700メートルの3歳未勝利戦。ここには、優が芝からの転戦を進言したトラクターヘッドが出走。1番人気に支持された同馬は抜群の行きっぷりで先手を奪うと、圧倒的に先行有利のコース形態を利して、鮮やかに逃げ切り。1分47秒4の勝ちタイム、上がり3ハロン39秒0の内容で、2着に3馬身差を付ける危なげない勝利であった。
「以前使った時はイマイチだったけど、力をつけて来てるのかな。今ならダートの方が良さそうだね。」
ダート転向が功を奏しての勝利に、花村調教師もご満悦。この名門厩舎とのタッグは、優にとっては自厩舎と並ぶドル箱になりつつあった。
続いての3歳未勝利戦は、牝馬限定の芝1200メートル戦。ここのワタボウシも、優の進言で芝に転向した上に距離を短縮しての参戦。脚抜きのいいダートで好走したからと言って芝で通用するとは限らず、それは4番人気という微妙な人気にも表れていたが、優は芝部分を走った時の感触でその適性を確信していた。
果たしてゲートが開くと、前走同様にハナを切ったワタボウシは、前半3ハロンでその前走と全く同じ34秒2のラップを刻むと、開幕週の絶好の馬場を味方に直線は独走。後半を34秒8でまとめて、1分9秒0でフィニッシュ。展開に恵まれた感はあるものの、後続に6馬身差をつける大楽勝で一発回答を出して見せた。
「正直半信半疑だったけど、結果的にノーマークになって楽に行けたな。ここを使って良かったよ。」
今年は不振の権田調教師だったが、待望の2勝目に表情がほころぶ。責任を果たせた優も、ほっと胸をなで下していた。
この結果、優の進言で路線変更した馬が2連勝となった。騎乗馬の能力や適性のジャッジも騎手の重要な仕事の一つであり、その意味でも結果を出せたことに喜びもひとしおであった。
午前中からの連勝でメインレースに弾みをつけたことで、この日の福島は藤平デーの様相を呈し始めた。
単勝オッズも敏感に反応し、騎乗馬のソーマナンバーワンは堂々の一番人気で本番に臨むこととなった。




