94 壁
順調だった3月までとは一変し、4月未勝利、5月2勝と勝ち星が伸び悩む優。お手馬の死やバッティング、降板などもあり、勝利を計算できるレースが少なくなっているのが現状である。直近の目標である通算30勝をクリアするためにも、強力なお手馬を増やしていきたいところである。
そんな状況で迎えた6月第1週。東京競馬場では、春のマイル王決定戦・GⅠ安田記念が行われる。
残念ながらまだGⅠの舞台に上がれない優が今週重要視しているのは、関西の厩舎から依頼をもらった2頭、山本厩舎のザゴリラと林厩舎のマダラヴィーナスである。前者は土曜日の東京芝2400メートル、後者は日曜日の京都ダート1200メートルの、それぞれ1勝クラスのレースに出走を予定している。どちらも3月末に優を背に未勝利戦を快勝しており、ここで好走すれば夏以降の継続騎乗も考えられる。スケジュールを合わせてくれた両調教師の厚意に応えるためにも、出来れば勝利、最低でもクラスの目処が立つくらいの結果を出したい優であった。
両馬の感触を確かめたい優は、水曜日に栗東に出張。志願して追い切りに騎乗させてもらった。
まずはザゴリラ。厩舎サイドからの指示は、6ハロンのウッドチップコースを軽く流して、終いの2ハロンだけ脚を伸ばすというものだった。キャンターの時点で具合の良さを感じた優だったが、追い切りがスタートしてからはその推進力の高さに驚かされた。デビュー戦では中団からのレースになったが、実戦を経験したことで走る気を出したのか、自らハミを取って進んで行く姿はまるで別馬のよう。タイムも81秒5-23秒6-11秒4と上々で、昇級でも充分勝負になると確信出来る内容であった。
次にマダラヴィーナス。こちらは林厩舎らしく、坂路4ハロンをびっしり追ってくれとのシンプルな指示。テンから飛ばし気味に入ったものの、回転の速いフットワークは最後まで勢いが落ちることはなく、50秒2-12秒0の快時計をマークした。前走以上の好タイムであり、しかもこの日の栗東坂路の1番時計であった。稽古駆けするタイプとはいえ、この馬のスピードと好調ぶりはひしひしと伝わって来た。
そして迎えた土曜日。ザゴリラは単勝2.2倍の1番人気に推されていた。大社グループがヨーロッパのセールで購入した外国産馬であり、その重厚な血統背景から長距離適性は高いと見られており、初戦に引き続いての芝2400メートル戦はおあつらえ向きの舞台であった。
まずまずのスタートを切ったザゴリラは、前走とは違って行く気満々。追い切りでそれを感じていた優は、無理に抑えず馬の行く気に任せて走らせた。
差しから一転、何とザゴリラは先頭に立って馬群を引っ張って行く。本命馬のまさかのレースぶりにどよめく場内。しかし優にはこれは想定内であった。1000メートル通過は1分2秒2。1勝クラスの長距離戦ではあまり行く馬もおらず、ザゴリラは2番手に2馬身ほど差をつけて悠々と単騎逃げを続けている。
直線に入ってもザゴリラの脚色は衰えず、逆に後続を突き放して行く。結局2着に5馬身差をつける楽勝で、デビューから2連勝を飾った。良馬場の勝ちタイムは2分26秒2、上がり3ハロンは34秒0であった。
「前に行って長く脚を使うのが、この馬本来の形だと思います。ただ極端に速い上がりは使えない感じがしますから、あまりペースは落とさない方がいいかも知れません。そういう意味では、力のいる馬場で走れる北海道シリーズの長距離戦なんかはぴったりじゃないでしょうか。」
優は、厩舎スタッフに自らが感じた情報を伝えた。もし続けて乗せてもらえるなら、夏の函館や札幌に遠征することも考えての進言であった。
翌日曜日。もう1勝の上積みを目論んで京都に遠征し、マダラヴィーナスの1勝クラス戦に臨んだ優だったが、ここには強敵がいた。大社グループのサタデーレーシング所属の快速馬ダウンフォースである。香港スプリントを制した父ロートドラグーン譲りのスピードを武器に、デビュー戦となった未勝利戦を1秒2差で圧勝。530キロの雄大な馬体は迫力十分で、ここは単勝1.2倍の確勝級の人気であった。
果たしてレースでは、前走に続いて逃げの手に出ようとした優のマダラヴィーナスを制し、ダウンフォースがハナを切った。前半3ハロンを33秒9と芝並みのペースで飛ばされると、誰もついて行けない。
そのまま直線に入ると後半も36秒6でまとめて、稍重のダート6ハロンを1分10秒5の好タイムで完勝。次も昇級即通用どころか、重賞でも好勝負出来るのではと思わせる強さであった。
マダラヴィーナスは5馬身差離されての2着に終わった。
「しゃあないな。ここは相手が強過ぎたわ。」
あまりの完敗に、林調教師もサバサバしていた。それでもこの馬の内容も1勝クラスでは上位のものであり、クラス突破は遠くないと感じさせた。
優に勝利をもたらしたザゴリラも、優の勝利を阻んだダウンフォースも、ともに大社グループの馬である。さらに、今週からスタートした2歳新馬戦であるが、この土日で組まれた5つのレースを制したのは何と、全て大社グループ関連馬だったのだ。
味方にすればこれ以上ないほど頼りになる大社グループであるが、そのファーストチョイスは外国人騎手、次いでリーディング上位の日本人騎手と、徹底した騎手選択を行っている。優が大レース制覇を目指すなら、必然的に彼らがその前に立ちはだかることになる。日本競馬界の盟主の壁の高さに、恐怖に近い感情を覚える優であった。
注目のGⅠ安田記念は、一昨年の皐月賞馬アールタイプが優勝。騎手はミッシェル・ロベールであり、オーナーは大社レースホースであった。




