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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第1部 少女ときどきジョッキー
87/222

87 底力

 優に導かれたロマンシングソーマはわらび賞を順当勝ちし、春の大目標である関東オークス出走に名乗りを上げた。

 その翌日、東京競馬場で行われたGⅠ・NHKマイルカップは、ジョバンニ騎乗のドライヴァーズハイが優勝。昨年の朝日杯フューチュリティステークスでヴイマックスの2着に入った実績馬が、見事にGⅠホースの仲間入りを果たした。


 そして週が明け、競馬の祭典・日本ダービーまであと2週間に迫った今週は、東京競馬場で古馬牝馬限定のGⅠ・ヴィクトリアマイルが行われる。ここには優とも縁の深いあのチョコレートケーキが出走を予定しており、福島牝馬ステークスを制した鞍上の陽介とともにGⅠ奪取に挑む。


 まだGⅠの華やかな舞台に立つ資格を有していない優にとっての大一番は、3歳1勝クラスの夏木立賞。厩舎の期待馬ソーマナンバーワンが、スプリングステークス4着から一息入れて再始動するのだ。陣営では、ここを制して7月末のGⅢラジオNIKKEI賞に進む青写真が描かれていた。


 水曜の本追い切りで、ソーマナンバーワンは優を背にウッドチップコースを駆け抜けた。約2か月の休養で一回り大きくなった馬体からは、成長力の高さが伝わって来た。その調教内容は、休み明けとしては及第点の動きだったが、この馬は明らかな叩き良化型。快勝した未勝利戦やピークに仕上がっていたスプリングステークスに比べると、優はフットワークに若干の物足りなさを感じていた。

「初戦から仕上げ過ぎても、この後持たないからな。仕上がりは正直まだ5、6割といった所だが、それでもここを勝てないようじゃ、重賞を目指しても脈はないだろう。」

 太陽も仕上がり途上は承知しているが、その底力を信じて同馬をレースに送り出すのであった。


 そして迎えた土曜日。東京競馬場の第9レースは、3歳1勝クラスの芝2000メートル戦、夏木立賞。ダービーのトライアルやステップレースに出走馬が流れたためか、ここは9頭の少頭数となった。差し馬のソーマナンバーワンにとっては、じっくり乗りやすい好条件と言える。先週に引き続き、太陽のレース選択の上手さが光った。


 1番人気は、4枠4番、蟹田が騎乗するデビルプロポーズ。2月の未勝利戦ではソーマナンバーワンの2着に敗れたものの、3月の未勝利戦を快勝。ソーマナンバーワンとは対照的に、使って来た強みで上々の仕上がりを見せている分、人気を背負っていた。単勝は2.2倍。


 大外8枠9番、優のソーマナンバーワンは、単勝2.5倍の2番人気に甘んじていた。前走からプラス14キロの馬体重480キロは、迫力不足の調教の動きと相まって、太目残りの印象を与えてしまっていた。


 この2頭の再戦一騎打ちムードの中、優は思案していた。

(こっちは休み明けだし、前回と同じ末脚勝負だと、今度は後れを取る可能性だってある。今の府中の馬場は硬くて速いから、少し出して行って残り目に期待する手もあるけど……。)

 一瞬ポジションを取りに行く選択肢が頭をよぎった優だが、すぐに落馬負傷から復帰した4月末の失敗が思い起こされた。

(そうだ、今回のメンバーで逃げ馬はゴッドブレスユー一頭だけ。それ以外は行く馬がいなさそうだし、2番手以下の馬群はきっと縦長にはならない。だったら、ナンバーワンの末脚を信じて脚を溜め、前をケアしながら動くタイミングを計ろう。)

 2枠2番の逃げ馬ゴッドブレスユーは、新馬戦、未勝利戦と続けて退けているから、能力はある程度把握している。半端に前に行くとかえって差し負けする危険もあると判断した優は、太陽の言う通りこの馬の底力を信じることに決めた。


 レースは予想通り、内から飛び出したゴッドブレスユーが引っ張る展開でスタートした。気分良く逃げるタイプの同馬は軽快にラップを刻み、後続に5馬身ほど差をつけての大逃げに持ち込んだ。

 前半の1000メートルの通過は1分ちょうど。高速馬場を考えるとさほど速いペースではない。離れた2番手集団の中で、人気の2頭、デビルプロポーズとソーマナンバーワンは最後方で虎視眈々と前を窺っている。


 先頭は3コーナーに向かって行く。優は、東京競馬場の馬場を熟知している蟹田に、仕掛けるタイミングを委ねていた。

(蟹田さんなら前を取りこぼさないように動いてくれるはず。それに合わせて上がって行こう。)

 そしてゴッドブレスユーが3、4コーナーの中間地点に差し掛かった所で、蟹田が屈伸運動(カニダンス)を開始した。それを合図に、優もスパートして前をパスして行く。


 迎えた最後の直線。依然先頭はゴッドブレスユーで、後続との差は3馬身。

 蟹田が馬群の外からまくって行ったのに対し、優は馬群に突っ込む選択をした。

(速い上がりの勝負になるだろうし、極力ロスは避けたい。この少頭数なら、私でも捌き切れるはず。)

 仕上がりの良さを信じて、脚を余さぬようクリアな進路を求めた蟹田。一方の優は、仕上がり不足をカバーするため最短コースを走り抜けることを狙った。果たして軍配はどちらに上がるのか。


 残り100メートル付近で、人気2頭がついにゴッドブレスユーを捕らえる。大外から得意のカニダンスで末脚を伸ばす蟹田を、内ラチ沿いから抜けて来た優は上下動の少ない美しいフォームで迎え撃つ。

 動と静の対照的な2人の追い比べは、火の出るようなデッドヒート。ゴール前までもつれた接戦は、内のソーマナンバーワンが頭差先着して終止符が打たれた。勝ち時計は1分59秒5、レースの上がり3ハロンは33秒9の高速決着であった。


 激闘を制して引き揚げて来た優を出迎えた太陽と相馬の表情は、笑顔、また笑顔であった。先週のロマンシングソーマに続いての勝利で、こちらも重賞挑戦を視野に入れた。このチームの前途は洋々であった。

 



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