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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第1部 少女ときどきジョッキー
85/222

85 タテとヨコ

 落馬から復帰した今週を、未勝利で終えた優。そのらしくない騎乗ぶりに、師匠の太陽は黙ってはいられなかった。


「休んでいて勘が鈍っていたとかなら仕方がない部分もあるが、違うよな。今週のお前の騎乗には、明らかに意志が込められていた。特にコークスクリューとメロスの2頭は。そうだろう?」

 全てを見透かしたかのような太陽の問いに、優はその意図を伝えた。

「はい、先生。その2頭は、意識して本来のポジションより前に付けました。どちらも前残りの展開になるから、いつもの競馬では届かないと判断したんです。」


「どちらもスローペースが予想される長距離戦で、おまけに芝の方は少頭数の上に開幕週で前が止まらない馬場だからな。狙いとしては間違ってるとは言わない。でもな、優。お前は大事なことを見落としている。」

「大事なこと、ですか?」

「昨日と今日のお前は、騎乗する馬のタテとヨコを見ていない。だからあんなチグハグなレースになったんだよ。」

「タテとヨコ?」

 競馬では聞きなれない言葉に反応した優は、思わず素で問い返してしまった。


「タテとはすなわち、騎乗の歴史。これまでその馬に乗った騎手が、何を考えてどんな乗り方をして来たかだ。元々コークスクリューはテンからハミを噛む癖があって、デビューから数戦は、持っていかれてガス欠になるパターンが続いた。そこから前半ゆっくり行く競馬を試みるようになって、今の差す形が固まってようやく勝ち上がりが見えて来た所だったんだ。ここで本来のスタイルを崩すリスクを冒してまで、前に行く必要があったのか?」

 自分の愚かさに気付いて愕然とする優を尻目に、太陽は続ける。

「そしてヨコとは、自分の馬と他の出走馬との比較だ。メロスのレースの面子は、差し馬ばかりで引っ張る馬が1頭もいなかった。先頭から最後尾まで極端に短い馬群になると、勝負を分けるのは安直なポジショニングなどではなく、いかにしっかり脚を溜めて速い上がりを引き出すかだ。

 スローを予想するのは当然だが、スローだから前に行く方が有利なんて単純なものじゃないだろう、競馬は。いつものお前なら、意識しなくてもそのくらいは考えて乗っていたはずだ。」


 しばしの沈黙の後、再び太陽が問う。

「俺には、レース前からお前が何か焦っているように見えた。一体何を考えてた?」

「……休んでいた時に見ていたレースで、印象的だったレースが2つあったんです。ロベールさんが勝った皐月賞と、陽介が勝ったフレイムセイヴァーのレース。どちらも従来の勝ちパターンより前で競馬をして、前が残る流れを覆して見せました。特に私が乗っていたフレイムセイヴァーはショックでした。今まで私があの馬の足を引っ張ってたんじゃないかって思えて……。」


「なるほどな。俺も現役の時は同じような経験をしたから、分かるよ。ケガや騎乗停止で乗れない時に他人のレースを見てると、どうしても雑念が入ってしまうからな。でも騎手の一番の仕事は、馬の力を最大限引き出すことであって、位置取りはその副産物に過ぎない。勝つためとはいえ、まず第一にポジションを考えるのは本末転倒、騎手のエゴなんだ。」


 太陽に諭された優の表情は、すっかり吹っ切れていた。

「先生、ありがとうございました。おかげで迷いが晴れました。これから湯川先生と花村先生のところに行ってきます。」

 優は太陽に別れを告げ、湯川の元に向かった。


「湯川先生、昨日はすいませんでした。私の思い付きで、今までの乗り役さんが競馬を教えてくれていたのを台無しにしてしまいました。……もし許されるのならもう一度、汚名返上のチャンスを頂けないでしょうか。図々しいのは承知していますが、今度こそコークスクリュー本来の力を引き出したレースをさせてあげたいんです。」

「そうか、それが分かっていればいいんだ。ミスは誰にでもある。ただし、未勝利馬が勝ち上がるまでに残された時間は、そんなに長くはないからな。そこまで言うのなら、次はしっかり結果を出すんだぞ。」

「はい!この温情に応えられるように、私頑張ります。本当にありがとうございました。」

 優は湯川に感謝を伝えると、今度は花村を探しに向かうのだった。



「さっき優が来たよ。まっすぐないい騎手に育ったじゃないか、あいつ。うちの雅もあんな風にしっかりしてくれるといいんだがな。」

「雅はまだまだですけど、今は基本に忠実に乗ることを徹底している段階ですから。経験を積めば、伸びる子だと思いますよ。意外と大器晩成タイプかも知れないですよ。」

「だといいんだけどな、ハハハッ」

 談笑しているのは、湯川と太陽の二人。太陽の兄弟子でもある湯川の優を見る目は、少しばかり甘い。


「そう言えば今まで聞いてなかったが、人に教えるのは柄じゃないなんて言って今まで所属騎手を一人も取らなかったお前が、優を引き受けたのはどういう心境の変化なんだ?」

「優は特別なんですよ。……あいつへの罪滅ぼしみたいなもんです。」

「あいつ?まさか、優はあいつの?そうか、そういうことだったのか……。」

 何かを思い出しているような二人の表情は、少しだけ暗さを帯びていた。

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