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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第1部 少女ときどきジョッキー
84/222

84 違和感

 4月も終わりに近づき、いよいよゴールデンウィークが始まる今週末。日曜の京都競馬場では、伝統の長距離GⅠ・春の天皇賞が行われる。


 落馬負傷も癒えた優が、2週間ぶりにトレセンに帰って来た。大事を取って騎乗数をセーブしての再始動にはなるが、快気祝いとばかりにチャンスのある馬が集まった。


 土日とも東京競馬場での騎乗を予定しており、中でも勝機充分なのが、土曜日の3歳未勝利戦(ダート2100メートル)と日曜日の陣馬特別(芝2400メートル)の2鞍である。ともに長距離のレースであるが、折り合いとペース判断に進境を見せる今の優なら、良い結果を出せるのではという期待を込めての依頼であった。


 調教にも復帰し、一見いつも通りに張り切っているように見える優だったが、太陽はその様子に違和感を感じていた。

「優、何か無理してるんじゃないのか?空元気というか、無理に明るく振る舞ってる感じがするんだが。悩みでもあるのか?」

 師匠の言葉に優は一瞬驚いた表情を浮かべたものの、即座にそれを否定した。

「そんな訳ありませんよ、先生。馬に乗りたいのをここまで我慢して来たんだから、早くレースしたい気持ちで一杯なんです。心配しなくても大丈夫ですよ。」

「そうか、それならいいが……。」

 笑って否定する優であったが、太陽にはそれが翳りを帯びた作り笑いに見えて、一抹の不安を抱いていた。


 

 そして迎えた週末。東京競馬場は木曜日に大雨が降った影響が残り、芝・ダートとも稍重で始まった。

 

 まずは土曜日の勝負駆け、14頭が出走するダート2100メートルの3歳未勝利戦である。

 優が騎乗するのは、牡馬のコークスクリュー。湯川厩舎の管理馬で、中団以降で脚を溜めての切れ味勝負が好走パターン。前走は中山ダート1800メートルで0.5秒差の3着とまずまずの内容。4キロ減の減量を生かせば、今回はさらに上を目指せると評価され、3番人気の支持を受けていた。


 スタンド前のゲートが開くと、ポンと飛び出したのはそのコークスクリュー。ブランク明けを感じさせない好スタートを決めた優だったが、そこから思わぬ展開を見せる。手綱を引かずに馬の行く気に任せ、前目のポジションにつけようとしたのだ。意表をつく先行策に打って出た優だったが、いつもと違うレース運びに戸惑ったのか、コークスクリューは若干口を割って頭を上げ、折り合いを欠く仕草をみせている。何とか抑え込んで2番手につけたものの、序盤でスタミナをロスしてしまった。


 馬群は向こう正面に到達し、前半1000メートルの通過は1分5秒1。かなりのスローペースで推移しており、ポジショニングとしては絶好と言えた。

 そのまま3~4コーナーを回り、最後の直線。後は末脚が弾ければ、というところであったが、序盤のロスに加え、慣れない先行で脚が溜まらなかったか、逃げ馬を追うどころかズルズル後退。10着惨敗に終わった。


「すみません。スタートが良かったし、テンの感じだとペースが落ち着くと思ったのでポジションを取りに行ったのですが。結果的には馬の持ち味を殺す競馬になってしまいました。」

「そうだな。やっぱり行かせてしまうと二束三文だな、コークスクリューは。まあ臨機応変に対応するのは悪いとは思わんが、ここは馬を信じて乗って欲しかったかな。」

 湯川は優の騎乗に一定の理解は示しつつも、不満を隠せなかった。


 日付が変わって日曜日、東京競馬場の第9レースは、4歳以上1000万円以下条件の陣馬特別。芝2400メートルで行われるハンデ戦で、馬場状態は回復して良と発表されている。今年の出走は9頭の少頭数となった。


 このレースの優の騎乗馬は、花村厩舎のメロス。典型的な追い込み馬で、東京の長い直線はピッタリの印象である。同じコースで行われた2月の500万円以下条件を、上がり3ハロン33秒8の末脚で差し切り快勝。開幕週の東京は高速馬場で前が止まりにくいため、追い込み不発の不安もあって2番人気にとどまっているが、能力的には最右翼と言えた。


 ここでもスタートをポンと出た優のメロスであったが、テンのダッシュがない追い込み馬だけに徐々にポジションを下げて行く。ところが優はあえてハミを取らせたまましばらく走らせ、いつもより前目の5番手で馬を落ち着かせた。


 最初の1000メートルを1分3秒0で通過。少頭数の長丁場にありがちな超スローペースは、後ろから行く馬には厳しいと思われた。

(やっぱり遅い。それにこの馬場だと、やっぱりいつもの最後方待機は厳しそう。)

 追い込みの型を崩してまで取ったポジションは、正解だった。優はそう信じて最後の直線に向かった。


 しかし実際には、このレースは最後方から進めた2頭のワンツーフィニッシュに終わった。

 ペースがあまりに遅すぎて、馬群の先頭から最後方までの距離が予想以上に短くなってしまったのだ。そのため、位置取り云々ではなく、純粋な上がりの速さが勝敗を決することとなった。結果的に中途半端に前に行った分だけいつもの切れ味を欠いたメロスは、後ろの2頭の後塵を拝して3着に終わった。


「すいませんでした。あんな展開になるなら、いつも通りお終いから行った方が良かった。私のミスです……。」

「優、それは結果論だよ。スローを読んで前に行った判断自体は悪くはないし、今回は流れが向かなかったんだ。また次頑張ればいいよ、お疲れさん。」

 この敗戦に花村は納得してくれたが、優は責任を感じてガックリと肩を落としていた。



 結局この復帰週で、優は勝ち星を上げることが出来ず、4月を未勝利で終えることとなった。

(今週は全くいい所がなかったな……。気持ちを切り替えて、また来週から頑張ろう。)

 そう考えていたレース後の優を呼び止めたのは、太陽であった。

「優、ちょっと来い。今週の騎乗の件で話がある。」

 師匠のいつになく厳しい表情に、優は驚きと不安を禁じ得なかった。


 

 




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