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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第1部 少女ときどきジョッキー
81/222

81 錆び

 かつて皐月賞と言えば、力通りには決まらない紛れの多いレースの印象が強かった。それは小回りで直線が短いコース形態のみならず、2か月連続開催の最終日に行われることで芝がボロボロに荒れていたことに因るところが大きい。その結果、切れ味勝負の差し馬が伸びあぐねて不発に終わり、人気薄の逃げ先行馬が穴を開けること収まるも珍しくなかった。


 しかし現代の馬場造園課の技術の進歩は凄まじいものがあり、このレースにおいても1分58秒前後の高速決着が珍しいものではなくなりつつある。長距離を得意とするステイヤーを軽視し、スピードタイプの馬を偏重する血統傾向が強まる一方の昨今では、軽快な走りを武器とする有力馬が皐月賞でそのまま上位争いを演じ、ダービーでもその勢力図が維持されるパターンが繰り返されるようになった。

 

 繁殖馬の選定競走という競馬の一面を考えると、力通りに決まりやすいことは望ましいことなのかも知れないが、血の多様性を確保するという観点からは危うさもある。実際、ヨーロッパに遠征した日本のGⅠホースが、いくらアウェイとはいえ、実績からは考えられないような大惨敗を喫するケースが、一昔前に比べると多くなったように思われる。


 その点に留意して今年の出走メンバーを見渡すと、有力馬の多くは、コースレコードと差のない走破時計や3ハロン33秒台前半の上がりタイムを経験しており、このような馬場を歓迎する陣営が多数を占めているのだ。これも時代の流れなのだろうか。


 さて、1強+2という感じの人気馬ヴイマックス、ライトニングボルト、ダイヤモンドダストだが、パドックでは3頭とも活気溢れる雰囲気を醸し出しており、仕上がりは問題ないようである。特に最終追い切りがあまりにも軽かったヴイマックスは不安視されていただけに、この馬の馬券を買っていたファンはほっと一安心といったところだろう。


 時計が15時40分を指し、いよいよ発走時刻がやって来た。生演奏の関東GⅠファンファーレが鳴り響き、各馬がゲート入りを済ませて行く。


1枠1番 ブラックジョーカー 屯田

3枠6番 ライトニングボルト ジョバンニ

5枠10番 ダイヤモンドダスト 神谷

8枠18番 ヴイマックス    ロベール


 上位人気馬もそれぞれ与えられた枠に収まり、一斉にゲートが開いた。

 最内から屯田が押して押して、ブラックジョーカーが先頭に立った。前走スプリングステークスの敗戦は自分の競馬が出来なかったためと判断したのか、GⅠホープフルステークスを勝った時と同じ逃げの手に打って出たのである。

 対照的に、同じスプリングステークスにおいて控える競馬でも結果を出したダイヤモンドダストが、無理せず余裕の2番手につける。

 

 ここで観衆が大きくどよめく。3番手に付けたのは、何と大本命馬ヴイマックス。これまでは前半無理せず後方からレースを進めて来た同馬が、ポジションを取りに行ったのだ。スタート直後に軽く仕掛けて前に行ったため、スタンド前で口を割って折り合いを欠くシーンもあり、場内が静かになることはなかった。


 ライトニングボルトは後ろから3頭目、出たなりの位置で悠然と流している。ホープフルステークスを取りこぼしたにも関わらず、ジョバンニはこの馬の競馬を貫く腹積もりのようである。


 ブラックジョーカーは妥協のない逃げで後続を突き放し、大逃げに近い形でラップを刻んでいる。1000メートルの通過タイムは、57秒6。思わぬハイペースに、再びドッと場内が沸く。

 それから6馬身ほど離れた2番手をキープしているのが、ダイヤモンドダスト。離して逃げるブラックジョーカーを無視して考えると、実質はこの馬が溜め逃げしている展開と言えるかも知れない。


 3コーナーを迎え、万一の逃げ残りを警戒した陽介のダイヤモンドダストが最初に動く。それを合図にヴイマックス以下の後続も上がって行く。2番手以下の馬群が固まったままのため、大外から進出するライトニングボルトは、内から7、8頭辺りをを走らされる大きなコースロスを余儀なくされた。


 直線入り口では、ダイヤモンドダストが先頭のブラックジョーカーに並び掛ける勢いだ。あれだけあったリードを全て吐き出したブラックジョーカーは、思い切って取った大逃げの策が完全に裏目に出たか、完全に失速。トンカツの鞭に反応することもなく馬群に吸収されて行く。


 このまま押し切りを図るダイヤモンドダストを見ながらレースを運んできたヴイマックスが、満を持してスパートする。ロベールの右鞭に応え、最大の武器である一瞬の切れ味であっさりダイヤモンドダストを抜き去る────展開にはならなかった。いつもの加速がなく、ジリジリとしか差を詰めることが出来ない。弥生賞こそ勝利しているものの本質的に距離が長いのか、無理な先行策が祟ったのか、やはり調子に問題があったのか、それとも……。とにかく、GⅠ朝日杯フューチュリティステークスを制した切れ味鋭い名刀は、どうやら錆びついてしまったようである。


 悲鳴にも似た叫びが上がる中、大外をぶん回して加速して来たライトニングボルトが懸命の追い込みを見せる。しかし、コーナーのロスで先頭との差を広げられたのは痛恨で、絶望的なほど大きなリードを許してしまっている。


 19歳の若き天才・神谷 陽介が、ついにGⅠ初制覇か!そんな予感が漂う中、苦しみながらも大本命馬ヴイマックスが詰め寄って来る。残り100メートルでは1馬身差まで接近し、ロベールの渾身の鞭が唸る。そして、さらに外から飛んできたのは、勝負圏外に去ったかと思われたライトニングボルト。1完歩ごとに前との差が縮まり、とうとう前の2頭を射程圏内に捉えた。


 そして、場内の視線が集中するゴール前。先頭でゴール板を駆け抜けたのは────1番人気のヴイマックスであった。懸命に粘るダイヤモンドダストを半馬身ほど抑え、苦しみながらもGⅠ2勝目、無傷の5連勝を飾った。勝ち時計は1分58秒3、上がり3ハロンは35秒6。

 2番人気のライトニングボルトは、結局ダイヤモンドダストも交わせず3着。しかしあれだけのロスがありながら、最速の上がり3ハロン34秒フラットの豪脚を披露。大目標のダービーに向けては視界良好の敗戦であった。


「イッパイ、ジシン、アリマシタ。コノウマ、スバラシイ、ウマデス。」

 笑顔で勝利ジョッキーインタビューを受けるロベールだが、単勝1倍台の人気にはそぐわない大苦戦に、さぞかし大きく肝を冷やしたことだろう。

 

 早熟で他馬に成長で追いつかれたのか、ロベールの作戦ミスか、マイラーだったのか、休み明けを好走した後で所謂二走ボケを起こしたのか……。原因は定かでないが、兎にも角にもレース前までのヴイマックス1強ムードは消え失せ、一転混戦ムードで大一番の日本ダービーを迎えることとなった。

 



 

 

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