80 はやい馬
優が落馬負傷で休養を余儀なくされる中、今週は牡馬クラシックの第一弾、GⅠ皐月賞が行われる。
クラシックにまつわる競馬界の古い格言で、「皐月賞は最もはやい馬が勝つ。ダービーは最も運の強い馬が勝つ。菊花賞は最も強い馬が勝つ。」という物がある。
この言葉が生まれた頃と比べると競馬を取り巻く環境は大きく変わったものの、現代競馬においても通用する部分はある。
“はやい”と書いたのは、早いと速いのダブルミーニング的な意味合いがあるからだ。すなわち、成長の早さは、3歳春というひまだまだ競走馬が完成し切らない時期においては大きな武器となる。そして、速さ=スピードの高さは、マイラーとステイヤーが混在する中距離においては必要不可欠な要素である。さらに馬場管理の技術が飛躍的に向上した最近では、このレースは高速馬場で行われることも珍しくはなく、速いタイムでの決着に適応できるかどうかも問われるようになって来ている。
そういう意味では、今年の出走予定馬の中で最も“はやい”のは、疑いなく大本命馬ヴイマックスである。2歳のデビュー時から古馬と見紛うほどの完成度の高さを誇り、マイルの距離でも他馬を圧倒するスピードで楽々GⅠを奪取して見せた。距離延長や成長力については未知数であるが、現段階では抜けた存在である。
対照的なのが、対抗馬最右翼のライトニングボルトである。粗削りなレースぶりはまだまだ完成の域には遠いし、エンジンのかかりが遅いため前を捕らえ切れないレースぶりも目立つ。ただ、直線のトップスピードの速さという点においては、ヴイマックスすら凌ぐかもしれないほどの切れ味を誇る馬である。
この2頭からは離された3番手の評価を受けているのが、ダイヤモンドダスト。戦って来た相手関係から格落ち感があるのは止むを得ないところではあるが、この馬は2強にはないストロングポイントを備えている。それはテンの速さ=先行力である。トリッキーな中山コースでは前に行けること自体が大きな武器であり、同馬も皐月賞馬の有資格者の一頭であると言えよう。ただし、馬はキャリア2戦、騎手は2年目の若手という人馬の経験の浅さは大きな不安要素であり、ここを勝つには“早過ぎる”のかも知れない。
この3頭を中心に多士済々のメンバーで行われる皐月賞であるが、水曜日の最終追い切りでちょっとした騒動が起きていた。
いつもと違うポリトラックコースで行われた大本命のヴイマックスの追い切りは、1ハロン15秒程度のラップを刻む、いわゆる15-15であった。これはGⅠレースの出走馬の最終追いとしては、あまりに軽過ぎる。負担の少ないポリトラックを使ったことから、前走の弥生賞を使った反動が出たという説や、脚元に不安が出てびっしり追えないのではないかという憶測が飛び交った。とは言え、1週前追い切りではウッドチップで超抜タイムを計時しており、杞憂と見る向きも多かった。
もう一方の雄ライトニングボルトは、気合いを乗せるために栗東の坂路で一杯に追われ、4ハロン50秒4の好タイムをマークした。トライアルをスキップしたゆとりあるローテーションで疲れもなく、絶好の仕上がりを見せていた。
ダイヤモンドダストは年明けデビューで今年3戦目であり、ややタイトなレース間隔での疲労残りを考慮して、ウッドチップコースを馬なりで流す内容のややセーブした追い切りに終始した。それでも小気味良い高回転のフットワークは出来落ちの不安など微塵も感じさせず、騎乗した陽介の手応えも上々のようであった。
そして日曜の皐月賞当日を迎えた。月曜から好天に恵まれた中山競馬場の芝は、超高速と呼べる最高のコンディションを保っていた。




