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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第1部 少女ときどきジョッキー
8/222

8 パドック

 パドックを周回する各馬が、騎乗命令に従ってその歩みを止める。チョコレートケーキに騎乗するため、パドックに現れた優は、目の前に広がる景色に驚いた。

 

 この日はGIレースの開催日。まだ午前中にも関わらず、大勢の熱心な競馬ファンが、パドックに押し寄せて、自分たちを眺めていた。今年デビューしたばかりの優は、裏開催のローカル競馬場での騎乗が中心の上、乗り鞍もなかなか確保できないため、これが東京競馬場での初騎乗である。経験したことのない観客の数と雰囲気に気圧され、優はふと電光モニターを見上げた。


9 チョコレートケーキ 450 -2 ★藤平 51

単勝 9 1.4


 優は凍り付いてしまった。前回も同じ1番人気ではあったが、今回は比較にならないほどの圧倒的な支持を集めている。ましてやGIデーで、各レースの売り上げも桁違いだ。一体どれだけのお金が、自分に投じられているのだろうか。そして、それを裏切るようなことになったら…。今回は勝てると自信満々だった優を、漠然とした不安が襲った。


 愛馬に跨りパドックを回り始めても、落ち着くどころかプレッシャーは大きくなるばかりだった。分かってはいたが、今日はGIに騎乗するトップ騎手たちが集結している。自分を囲むのは、リーディング1位のフランス人ミッシェル・ロベール、2位のイタリア人マッテオ・ジョバンニ、日本人の第一人者・菅田(すがた) (みつる)、そして新人ながら既に10勝を上げている同期の神谷 陽介といった、そうそうたる面々であった。そんな彼らが、大本命の自分を負かすためにマークして来るのだ。不安は、恐怖に変わった。


 鞍上の優の緊張が伝わったのか、チョコレートケーキもテンションが上がり始めた。元々今回は必勝を期した限界ギリギリの仕上げで、気合いが乗り過ぎているくらいの状態だったので、これは危険な兆候だ。

 優が硬くなっているのを察した湯川調教師と厩務員が、緊張をほぐそうと声を掛ける。

「普通に回ってくれば大丈夫だから、気楽にな。」

「少々ヘグッても勝てる相手関係だから、心配すんなよ。」

 しかし、ガチガチになっている優には届いていない。


(駄目だ、私、駄目だ…。私、これじゃ…。)

 自分の弱さに絶望する優に、一人の男が近寄って来る。優の師匠、神谷 太陽調教師であった。


 これまで太陽は、馬主や他の調教師に頭を下げて優の騎乗馬を手配し、優が失敗しても手厚くフォローするなど、バックアップに尽力していた。しかし、騎手としての技術や心構えは自分で経験して学んでいくべき、との信条を持つ彼が、直接的なアドバイスをすることはこれまでなかった。その太陽が言う。

「優。走るのはお前じゃない、馬だ。」


 たった一言、当たり前の言葉だったが、それで充分だった。

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