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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第1部 少女ときどきジョッキー
78/222

78 暗転

 桜花賞ウィークで阪神競馬場が盛り上がる中、優の土日は中山競馬場での騎乗であった。


「休養前より力強くなってるんじゃないですか?息もすぐ入ったし、体も出来てます。初戦からやれそうですよ。」

 追い切りを終えた馬上から優が、調教師の太陽に感触を伝える。跨っているのは、自厩舎のオープン馬エルブランコ。年明けのカーバンクルステークスを快勝した後、GⅢシルクロードステークスに挑戦して4着に敗退。重賞の壁に跳ね返された後は、ずっと使って来たこともあり、一息入れるために短期放牧に出されていた。

 先々週に帰厩してからは順調に乗り込み、この最終追い切りでは、坂路でビシッと追われて、4ハロンから50秒1-36秒8-11秒7の加速ラップを無理なく刻んでいた。

 

 仕切り直しの同馬が出走するのは、日曜のメインのリステッドレース・春雷ステークス。カーバンクルステークスと全く同じ舞台の中山1200メートルで行われ、なおかつ先々週のGⅠ高松宮記念に実績馬の多くが流れたこともあり、ここを制して再び重賞戦線へ、という青写真を陣営は抱いていた。


「エルちゃん、お疲れ様。大好きなニンジンもたくさん入れたから、たっぷり食べてね。」

 担当厩務員の綾は厩舎の馬房で、ひと仕事終えたエルブランコに餌を与えていた。

 そこに、調教を終えた優も引き揚げがてら、相棒の様子を見に立ち寄った。

「綾さん、エルは変わりないですか?今日は一杯に追ったから、異常が出てないか気になって……。」

 エルブランコは2歳の秋にデビューしたものの、右前脚に軽い骨折が見つかり半年ほど休養。そのブランクで出世が遅れた経緯があった。特段脚元に不安のある馬ではなかったが、故障歴があるため、厩舎サイドも状態チェックには常に慎重になっていた。

「大丈夫だよ。骨も腱も今のところ何ともない。銭形もブワーッて出てるし、休み明けにしては仕上がり過ぎてるくらいだね。」

 銭形とは、銭形模様のことである。馬体に広がるこの斑点は、好調子を伝えるサインと言われている。白っぽい芦毛のエルブランコの腰からトモにかけてびっしりと浮かび上がったそれは、レースでの好走を約束するものであった。

 

 食事を終えたエルブランコは、綾のブラッシングとシャワーを受けて、気持ちよさそうにウトウトしていた。

「それじゃあ綾さん、よろしくお願いします。」

 元気そうなエルブランコを見て安心した優は、厩舎を後にした。

 

 そして迎えた春雷ステークス。中山の芝は、土曜の雨の影響が残ってコンディションは重。芝1200メートルのハンデ戦に、フルゲート16頭が揃った。

 

 優が4戦連続して騎乗する6枠12番エルブランコは、単勝2倍ちょうどで堂々の1番人気に支持されていた。イレ込むでもなく気合いを前面に出してパドックを周回するその姿は、鮮やかな銭形模様と相まって、観衆の目を釘付けにしていた。オープン勝ちと重賞好走の実績が加わったこともあり、ハンデはシルクロードステークスから1.5キロ増えての56キロと少々見込まれた。


 ライバルと目されているのは3枠6番、カーバンクルステークスで退けた重賞ウィナーのキングオブハート。GⅢオーシャンステークス3着を挟み、GⅠ高松宮記念をスキップしてここに参戦して来た。科されたハンデは57キロで、鞍上は主戦の戸村 晃彦。


 他の有力馬はダンシングフラワー、ハイアンドローなどシルクロードステークスで大きく先着した馬たちが占め、このレースは勝負付けが終わったメンバーでの再戦の色合いが濃かった。


 パドックの周回を終え、出走各馬が本馬場に入場して来る。

「頑張ってね、優ちゃん、エルちゃん。」

 ここまで曳いてきた綾の手を離れたエルブランコは、気持ちよさそうにスタート地点へと疾走して行った。


 レースはカーバンクルステークスの焼き直しのように、エルブランコが好スタートからハナを切る。そしてその直後にキングオブハートが付けるのも、全く同じ。序盤から早くも人気2頭の一騎打ちムードが漂っていた。


 渋った馬場をものともせず、軽快に飛ばすエルブランコ。前半600メートルを34秒4で通過。馬場を考えるとやや早いペースだが、心肺能力の高いこの馬にとってはちょうどいいくらいの流れである。


 そのままエルブランコは余裕たっぷりの手応えで、4コーナーを抜けて最後の直線に入って来る。斤量差こそカーバンクルステークスの3キロから1キロと縮まったものの、それを感じさせないレースぶりで、そのリプレイのごとくキングオブハートを突き放しに掛かる。


 残り100メートルでも2頭の脚色の差は歴然。大勢は決した────と思われた刹那。


 聞き覚えのある嫌な破壊音とともに、先頭を走っていたエルブランコがガクンと大きくバランスを崩す。時速70キロ近いトップスピードの勢いそのままに、鞍上の優は前方へと放り投げられた。

(あっ!受け身……。)

 反射的に受け身を意識した優だったが、覚えているのはこの瞬間までだった。



 次に目覚めた優の前に広がったのは、見知らぬ天井。彼女は中山競馬場のターフではなく、搬送された病院のベッドの上にいた。






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