77 包囲網
ロベール騎乗のシングウィズソウルが断然人気の下馬評で迎えた、今年の桜花賞。GⅠを含む3連勝中の同馬の単勝オッズは、1.3倍の一本被りであった。溢れ出すスピードを生かした先行抜け出しの取り口から、死角は少ないと見られている。
第2回阪神競馬6日目 第11レース 桜花賞(GⅠ)
(3歳牝馬限定 定量55キロ 芝1600メートル 馬場状態:良)
1枠1番 シロイコイビト 御子柴 茂
1枠2番 ハナノワルツ 福山 明秀
2枠3番 カイネスピカ 増岡 拓海
2枠4番 スモールワールド 田崎 英太
3枠5番 ミカエリビジン 棚田 裕延
3枠6番 シングウィズソウル ミッシェル・ロベール
4枠7番 ネヴァーネヴァー 屯田 勝男
4枠8番 セボンファンタジー 山田 大河
5枠9番 セイショウマンカイ 小野 克也
5枠10番 ドリーミングガール 杉山 泰平
6枠11番 ワンモアチャンス マッテオ・ジョバンニ
6枠12番 サイレントヴォイス クラーク・ウィルソン
7枠13番 ネオンジェネシス 三田村 祐司
7枠14番 ストロベリージャム アーロン・ケーヒル
7枠15番 レイニーブルー 中田 幸広
8枠16番 ハニカミハニカム 菅田 満
8枠17番 ミスシュリンプ 蟹田 仁
8枠18番 プレシャスガーデン 神谷 陽介
大本命シングウィズソウルに対抗する1番手と目されているのは、2番人気のサイレントヴォイス。大社グループの一口馬主クラブ、コットンレーシングの所属馬だ。トライアルのGⅡチューリップ賞を逃げ切り勝ちするなど4戦2勝。短期免許でオーストラリアから来日中のクラーク・ウィルソンが騎乗する。彼は先行させた馬を粘らせる剛腕に定評がある騎手である。
3番人気は、同じくトライアルのGⅡフィリーズレビューを制したシロイコイビト。父は芝ダート両方のGⅠを勝っているサスケハナで、その毛色を受け継いだ芦毛が映える一頭である。中団待機からの一瞬の切れ味が武器で、その脚の使いどころがポイントとなる。鞍上の御子柴は、時には強引なほどのイン突破が持ち味であり、最内1番枠を生かしたレース運びが期待されている。
4番人気は、ジョバンニが騎乗するワンモアチャンス。トライアルとしては格落ちのリステッドレース・アネモネステークスの覇者である。この実績での上位人気は、2戦2勝で底を見せていない期待感に加えて、大舞台に強い鞍上に負うところが大きい。
5番人気は、GⅢフラワーカップ勝ちのストロベリージャム。このレースはメンバーが手薄になる傾向が強いが、2着に2馬身差をつけての快勝からそれなりの支持を受けている。大社グループの一口馬主クラブのラディッシュファームの所属馬で、鞍上はオーストラリアから短期免許で来日中のもう一人の外国人騎手、アーロン・ケーヒル。
陽介のプレシャスガーデンは、このメンバーでは実績で見劣り10番人気にとどまっている。しかし前走のチューリップ賞では上がり最速の脚で追い込み3着。末脚が生きる展開なら浮上もあり得る。
関西GⅠのファンファーレが鳴り響き、大歓声を受けて各馬がゲート入りを終えて行く。そしてスタートが切られた。
ハナを切るのは、大方の予想通りサイレントヴォイス。その直後にストロベリージャム。この短期免許の2人を見る形で、大本命のシングウィズソウルがつけている。
中団の7、8番手で並ぶように、シロイコイビトとワンモアチャンス。陽介のプレシャスガーデンは、大外枠もあり、腹をくくっての最後方待機である。
馬群は向こう正面に到達し、前半の800メートルを46秒8で通過。これは昔の桜花賞なら“魔の桜花賞ペース”と呼ばれるラップだが、現代の高速馬場においてはそれほど厳しいペースではない。
先頭は3コーナーに差し掛かる。ここで馬群に異変が生じた。好位から中団にポジションを取っている馬たちが一斉にペースを上げ、シングウィズソウルを包み込んだのだ。さしものロベールも身動きが取れない状態で、4コーナーから最後の直線に入って来た。
この集団の動きは、別に他の騎手たちが示し合わせたものではなかった。ただ時代の流れとはいえ、外国人、特にロベールに有力馬が一極集中している現状を、他の騎手たちが面白く思うはずはなかった。
(あいつばかりに勝たせてたまるか。楽な競馬はさせないぞ。)
同じような反骨精神を抱えた騎手は多く、そんな意地が阿吽の呼吸で集合体となり、結果としてロベール包囲網を作り出したのである。
馬群に包まれた中で、ロベールは最内に活路を見出そうとする。その時一瞬早く御子柴のシロイコイビトが、一頭分もないラチ沿いの狭いスペースを強引に割って行った。馬体が接触し、怯んだシングウィズソウルは進路を奪われ、完全にアクセルを踏み遅れてしまった。
何とか空いたスペースを突いて巻き返しを図るロベールだが、初めて経験する揉まれる競馬の影響か、いつもの伸びが見られない。大本命馬の異変にスタンドは騒然となった。
レースは抜群のタイミングで内から抜け出したシロイコイビトが、粘るサイレントヴォイスを捕らえて先頭に立つ。ワンモアチャンスとストロベリージャムも追って来るが、前には届きそうにない。
密集した馬群でごちゃつく各馬を尻目に、大外から1頭鋭伸してきたのは陽介のプレシャスガーデンであった。陽介の鞭に応えて、前の2頭との差をぐんぐん詰めて行く。
最後は結局、シロイコイビトがそのまま押し切って優勝。見事桜花賞馬に輝いた。勝ち時計は1分33秒4、上がりの3ハロンは35秒0。
逃げたサイレントヴォイスが粘り込んで2着。プレシャスガーデンは、上がり3ハロン33秒5の末脚で猛追するも、及ばず3着。それでも次走のオークスの優先出走権を確保した。
いつもの伸びを欠いたシングウィズソウルは、4着に沈んだ。単勝1倍台の本命馬がまさかの馬券外という結果に、引き揚げる同馬に対して容赦ない罵声が飛んだ。
レース後、シングウィズソウルの次走はオークスには向かわず、NHKマイルカップを目指すことが発表された。これは距離適性もあるが、他にも有力馬を抱えるロベールに合わせた使い分けの面が大きいと見られており、物議をかもした。
なお、勝ったシロイコイビトの御子柴は、直線で充分な間隔がないのに先行馬を追い抜いたとして、過怠金3万円の制裁を科された。これを勝利への執念と見るか、事故を招きかねない危険なラフプレーと見るかは、評価が分かれるところである。




