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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第1部 少女ときどきジョッキー
76/222

76 外厩

 同じ週にオープン入りを果たした優のお手馬、チョトツモウシンとウィンドブレーカー。路線も同じ短距離ダートのこの2頭、ともに次走は2か月後の欅ステークスに決定した。


「せっかくのご依頼なのにすいません、林先生。そこは花村先生のウィンドブレーカーで決まってしまってまして……。タイミングが合うようでしたら、是非また乗せて下さい。」

 先約優先は、この世界では絶対の仁義である。トップジョッキーですら、強引な先約破棄はその厩舎との絶縁などの代償を伴う。実際のところ、優に選択の余地などなかった。

「……そうか、残念やな。この馬の型を作ってくれたのは優やし、行けるところまで乗って欲しかったんやけどしゃあない。オーナーは先も見据えてミツルさんにスイッチしたがっとったし、今回はそうするわ。」


 優自身の正直な気持ちとしては、チョトツモウシンの方が1ランク上だと思っていた。ウィンドブレーカーにオープン級の力があることは疑いないが、前走のチョトツモウシンは、他馬がついていけないほどの絶対的なスピードで、後続を完封する完璧なレース内容。重賞はもちろんのことGⅠでも通用すると思える感触を得ていた。


 美浦の花村厩舎を栗東の林厩舎より優先するのも、関東の騎手である優には仕方のないことなのであるが、林は電話の終わり際に優に忠告した。

「せやけど優、乗り馬も増えて来とるみたいやし、そろそろエージェントでもつけた方がいいんちゃうか。神谷先生とお前だけでスケジュール管理するのは、いろいろと難しいやろ。お手馬の交通整理的な意味でも、今後は必要になってくると思うで。人情もいいけど、別にエージェント自体は悪いもんじゃないしな。」


 そう言われたものの、優にはまだエージェントをつける考えはなかった。馬主や調教師との個人的な繋がりで騎乗馬の多くを確保している現状、他人に任せてドライに騎乗依頼を捌くより、たとえ最も勝率の高そうな馬でなくても自分の意志で選びたいと思っていた。そもそもキャリアの浅い優には、全幅の信頼を置ける頼れるエージェントの当てもなかった。

(まだまだ自分は未熟だし、個人の看板を出して乗り馬を集めるのは時期尚早だ。本当に必要だと思える時が来たら、太陽先生に相談することにしよう。)

 優はこの話題をひとまず封印して、騎乗に専念することにした。



 そんなこんなで暦は4月に替わり、本格的な春の到来を告げる春らんまん。今週は阪神競馬場でGⅠ桜花賞が行われる。

 

 この春のGⅠは、大社グループの有力馬がロベールに一極集中し、その騎乗予定馬は一体何勝するんだろうかと囁かれるほどの陣容を誇っている。

 この桜花賞でも一番人気が予想されているのは、そのロベールの駆るシングウィズソウル。美浦のトップステーブルである国沢(くにさわ) 和人(かずと)厩舎の管理馬だ。不動のリーディングサイアーのサタデーフィーバーを父に、アメリカのGⅠ4勝馬セイレーンを母に持つ超良血馬で、昨年暮れのGⅠ阪神ジュベナイルフィリーズを含めて3戦3勝。ここはぶっつけ本番のローテーションで臨む。


 昔とは違って現代競馬では、休養中でもトレセン外の施設で充分な負荷を掛けることが可能であり、休み明けでいきなり大レースを制するケースも珍しくない。外厩と呼ばれるこの施設に莫大な投資をして充実させることで、大社グループは成績を飛躍的に伸ばしてきたのである。

 現在の上位厩舎の多くは、大社グループの素質馬を数多く管理しながら、この優れた外厩を駆使して在厩馬を頻繁に回転させることで、勝ち星を積み上げているのが実態である。中にはレースの直前に入厩させて、走った後はすぐ外厩に短期放牧に出すというサイクルを重ねている厩舎もおり、トレセンの存在意義が疑われる事態となっている。口さがないファンにはインターネット上で、調教師ではなく餌やり師だなどと揶揄されている始末である。


 そんなある意味現代日本競馬の象徴とも言えるシングウィズソウルに、チューリップ賞3着で優先出走権を得た陽介のプレシャスガーデンが挑む。日高の小さな牧場で生まれた雑草的存在の同馬が、最強チームを結成した競馬界の巨人相手にどう戦うのか。これもまた桜花賞の見どころの一つである。


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