75 バッティング
3月も終わりに近づき、見上げれば桜が見頃を迎える春らんまん。優は今週も土曜は中山、日曜はGⅠ大阪杯が行われる阪神での騎乗を予定している。
阪神遠征のお目当ては、最終レースの鳴門ステークスに出走する花村厩舎のウィンドブレーカー。ダートの短距離馬ながら、鋭い差し脚を武器に500万、1000万と条件戦を連勝して来た優のお手馬だ。使う度に力をつけている伸び盛りの4歳牝馬で、ここを勝てば待望のオープン入りとなる。
GⅠ週にも関わらず、今週の騎手想定にはロベール、ジョバンニの両外国人と名手・菅田の名前がなかった。土曜日にはドバイで複数の大レースがあり、彼らはそちらで騎乗するからだ。トップ騎手不在のこの土日、鬼の居ぬ間に一つでも勝ち星を増やしておきたいところである。
そして週末。残念ながら土曜日を未勝利で終えた優は、巻き返しを期して日曜の競馬に挑んだ。
ロベールたちが不在とはいえ、GⅠに騎乗する上位騎手が集まった阪神で、優はなかなか思うような成績を残せずにいた。
メインの大阪杯は、近走勝ち切れずにいた一昨年の皐月賞馬エルドラドが、好位抜け出しからしぶとく粘り込んで優勝。鞍上はロベールから乗り替わった三田村 祐司で、これが嬉しいGⅠ初勝利となった。
(いつかは私も……。)
握手攻めにあう三田村を遠くで眺めながら、優は改めてGⅠの舞台へと思いを馳せるのだった。
さて3月も残すは最後の1レース、阪神最終の鳴門ステークス。前日の雨の影響で稍重のダート1400メートルで行われるこの準オープン戦に、フルゲート16頭が集まった。
1番人気は5枠10番のジェントルブリーズで、単勝は1.8倍。デビューから無傷の3連勝中の上、前走で同着優勝したチョトツモウシンが春風ステークスを完勝したことから、ここでは抜けた人気となっている。鞍上は引き続き杉山 泰平。
2番人気は1枠1番、優のウィンドブレーカー。前走の鮮やかな勝ちっぷりから昇級即通用の評価を受けており、単勝は4.3倍。
3番人気は2枠4番、若手ナンバーワンの山田 大河が乗るレインボーロード。前走2着でそろそろ順番が来てもいい一頭である。先行馬だけに、本命のジェントルブリーズを見ながら進めると見られている。
レースは予想通りジェントルブリーズが逃げる展開。しかし、一番の好スタートを切ったレインボーロードがその外にピタリと張り付いている。楽に行かせたら勝たれてしまうと踏んだ山田は、徹底マークの構えである。優のウィンドブレーカーは後方から3番手で、じっくり構えている。
最初の600メートルの入りは33秒5。雨の影響で脚抜きのいい馬場とはいえ、ややオーバーペースか。ジェントルブリーズの鞍上・杉山が息を入れようとペースを落とした瞬間、山田のレインボーロードがハナを奪った。このタイミングを狙っていたのだ。
逃げ馬は一旦リズムを崩すと脆い馬が多い。キャリアの浅いこのジェントルブリーズも例外ではなかった。交わされた後は自らレースを投げ出したような感じで、無抵抗で馬群に沈んで行く。
山田としてはジェントルブリーズを潰せば勝機充分と見ての行動であろうが、予想外に前がやり合う展開は優のウィンドブレーカーにはおあつらえ向きであった。
直線に入って追い出すと矢のような伸びで、大外からごぼう抜き。最後は坂で失速したレインボーロードを捕らえ、1馬身半の差をつけてゴールイン。3連勝で一気のオープン入りを果たした。勝ち時計は1分22秒9で、自身の上がり3ハロンは35秒5という立派な数字だった。
「ご苦労さん、ありがとう。ウィンドブレーカーは完全に本格化したな。次は5月の欅ステークスを使うから、頼むな。」
花村は勝利を予定していたかのように、次走の予定を即決した。
優はこの勝利で、3月は実に6勝目。3か月で11勝という素晴らしい成績で年度末の3月を締めくくった。
週が明け、優のもとに1本の電話が掛かって来た。
「優、こないだはありがとな。チョトツモウシンなんやけど、次はダービーウィークの欅ステークスに決まったで。空いてたらまたお願いしたいんやけど。」
立て続けにオープン入りさせたお手馬2頭だが、ダート短距離のカテゴリーがかぶっていたために、次走予定がバッティングしてしまったのである。
優は、断腸の思いで1頭を選ぶことになった。




