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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第1部 少女ときどきジョッキー
74/222

74 ローカルの帝王

 優が阪神に遠征して活躍していた日曜、中京では雅がそのお手馬の1頭を任されていた。


 フルゲート16頭で争う芝2000メートルの3歳未勝利戦で、そのホウヨクテンショウは3番人気。有力馬の1頭という評価を受けていた。優と同じく女性若手騎手の4キロ減量という大きな恩恵に加えて、前走は優が乗って勝ち馬から2馬身差の3着と善戦しており、ここは大きなチャンスである。


 この日はGⅠ高松宮記念が行われるため、中京の騎手は豪華な面子が揃っていた。1番人気はロベールのアイキャンフライ、2番人気はジョバンニのテイクユアソウル、4番人気は菅田のセイショウナゴン、5番人気は古畑のスプリットエイトと、上位人気馬の鞍上はは軒並みリーディング上位の騎手であった。


「よう、ミヤビン。お前の馬、仕上がり良さそうじゃねえか。」

 返し馬を終えて待機所で輪乗りをしている間に、古畑が声を掛けてきた。一見尖っていてとっつきにくい年配のオッサンに見える彼だが、実際に関わってみると面倒見の良い親分肌の先輩であることが分かり、優を含め多くの後輩に自然と慕われるようになっていった。それが帝王と言われる所以でもあった。

「確かに絶好調です。湯川先生にも、ここで勝ってお前のお手馬にしてしまえって言われてるくらいですから。」

 雅も包み隠さず好感触を伝える。追い切りでは雅のミスがあったにも関わらず、リカバーしてあっさり先着する動きの良さを見せていた。


 太陽の兄弟子でもある湯川調教師は、新人の雅の育成に当たって、基礎的な部分からじっくりと一つ一つ身につけさせる方針であった。

 現状の課題は位置取りとペース判断。決してセンスに恵まれているとは言えない雅に、彼はこう伝えた。

「今のお前に体内時計や細かい作戦を求めても、実行するのは難しいと思う。だからまずは、コースを熟知している騎手が乗る同脚質の有力馬を徹底マークするんだ。その馬が抜け出せば自然と進路も出来て、一石二鳥だしな。それを繰り返して位置取りやコース取りを学んでいけばいい。」


 雅のホウヨクテンショウは先行馬。菅田の馬は差し馬であり、ロベールとジョバンニの両外国人はペース判断においては絶対的な信頼は置けない。となると、ここでマークするべきはやはり、ローカルの帝王・古畑であった。


 レースはジョバンニのテイクユアソウルが出遅れる展開でスタートした。古畑のスプリットエイトがスッと好位2番手のインにつけると、雅はその真後ろにホウヨクテンショウを導いた。ロベールのアイキャンフライは5番手の外、菅田のセイショウナゴンは10番手で馬群の中に入れている。そして出遅れたテイクユアソウルは最後方で、隊列が決まって流れて行く。


 前半の1000メートルは1分3秒1で通過。スローペースで密集したまま、馬群は第3コーナーに差し掛かる。

 ここで業を煮やしたジョバンニが大外からまくりに出るが、馬群が横に広がっている上にちょうどラップが加速するタイミングの悪さもあり失敗。ただ、この動きにつられて全体の動き出しが早まり、各騎手が追い通しで4コーナーを通過して行く。


 ここで雅は、マークしていた古畑の手応えが怪しいのに気がついた。同じく有力馬マークを多用する優からは、マーク相手が失速したら蓋をされる格好で共倒れになるから注意するようアドバイスを受けてはいたが、馬群が固まっている今の形では対処が難しい。


「開けて下さ~い!」

 4コーナーで思わず雅が叫ぶと、前を走る古畑のスプリットエイトは、遠心力のまま1頭分外にスライドするように回って直線に入って行く。

 ぽっかりと開いたインを突いたホウヨクテンショウは、そのまま逃げ馬をパスして先頭に立った。


 雅が間隔を開けつつ鞭を入れて行くと、5発目でわずかに耳を絞って反抗する構えを見せた。追い切りの二の舞は踏まないよう、後はひたすら追うのみであった。

 人気のアイキャンフライが外から、そしてセイショウナゴンが内から追って来る。412メートルの直線が長く感じられる中、雅は無我夢中で追い続けた。


 最後はアイキャンフライの猛追を頭差振り切って、ホウヨクテンショウが先頭でゴール板を通過した。勝ち時計は2分3秒2、上がりの3ハロンは34秒8。

 もしアイキャンフライが内を突いていたら、勝敗は入れ替わっていたかも知れない。攻めた騎乗をする短期免許の外国人騎手ならそうしたであろうが、年間免許で乗っているロベールは有力馬に乗ると、良くも悪くも守りに入ってしまう面がある。古畑がインを開けたことにも助けられて、雅は所属変更後の初勝利を上げることが出来た。


「古畑さん、開けてくれてありがとうございました。」

 引き揚げる際に雅が礼を述べると、古畑はギロリと睨んだ。

「ああん?お前のために譲ったら八百長だろうがよ。俺は手応えがなくなった馬が邪魔してもしょうがねえから、内を開けただけだよ。」

 そう言って古畑は、先に地下馬道へと消えて行った。


 検量室前の止め場には、2着のアイキャンフライを管理する下山厩舎の御堂調教助手が、悔しそうに立っていた。彼をグレートウォールの騎乗ミスで怒らせたあげく、逃げるように厩舎を去った形の雅は、申し訳なさそうにペコリと頭を下げた。

「おう、おめでとう。いろいろあったけど、まあ頑張りなよ。」

「未熟者で本当にすみませんでした。また乗せてもらえるように、あたし頑張って上手くなりますから。」

 雅が声を掛けると、御堂は振り向いて手を振りながら去って行った。


 検量室に入った雅は、先に引き揚げていた古畑からの祝福を受けた。

「おめでとさん。まあ、ちったあましになって来たんじゃないか。これからも頑張って上手くなれよ。まだ時間はたっぷりあるんだからな。……俺と違って。」

 雅は喜びつつも、ぼそりと付け加えた古畑の最後の一言が、その寂し気な表情と相まって、少し引っ掛かかっていた。


 メインレースのGⅠ高松宮記念は、シルクロードステークスを一叩きした屯田のブラインドフェイスが優勝。古畑の騎乗したタッチアンドゴーは、12着に終わった。


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