73 ラッキーデイ
土曜のチョトツモウシンの快勝で、今年の勝ち星を8に伸ばした優。日曜は予定通り阪神で騎乗する。
この日は中京でGⅠ高松宮記念、中山でGⅢマーチステークスが行われるため、この阪神は完全な裏開催となっている。そのため大レースに騎乗する上位騎手の多くが不在となり、こちらに参戦する騎手たちにとっては、彼らの抱えている良質な馬たちが回って来る大チャンスの到来なのである。
今日の優の騎乗馬ラインナップの中で有力視されているのは、贔屓にしてくれている林厩舎と名門・山本厩舎から1頭ずつの、計2頭。
まずは第1レース、牝馬限定の3歳未勝利戦。ダート1200メートルにフルゲート16頭を集めて行われるこのレースに、優は林厩舎のマダラヴィーナスで参戦する。
初戦は芝のマイル戦で惨敗し、矛先を変えての参戦ではあるが、短距離特化型のこの厩舎の管理馬らしく、栗東の坂路4ハロンで50秒8という猛時計を叩き出し、単勝2.5倍の1番人気に推されていた。
そしてレースでは、好スタートから先手を取ると、後続に2馬身差をつけて危なげない逃げ切り。勝ち時計1分13秒6、上がり3ハロン38秒6という内容は相手に恵まれた印象があるものの、人気馬できっちりと勝ち上がったことで、まずは関西のファンや関係者へのアピールに成功した。
続いて第6レース、11頭が出走する芝2400メートルの3歳未勝利戦。山本厩舎からの初の依頼は、外国産馬のザゴリラ。仕上がりが遅れてここがデビュー戦になるものの、海外のセールで高額で取引された良血馬であり、追い切りも水準以上の動きを見せており、単勝3.1倍の2番人気という高い支持を受けていた。
ザゴリラは、大社レースホースの所有馬である。師匠の太陽のスタンスを考えると、大社グループの馬への騎乗は複雑な心境になる優だったが、太陽自身は大社の馬への騎乗に文句をつけるような人間ではなかった。むしろ、今の強者的地位を築くに至ったその並外れた企業努力と莫大な投資自体は称賛すらしており、距離を置いているのはあくまでスポーツ、エンターテインメントとしての競馬の現状を憂いた結果である。
「実際あんた、大社さんの評判いいみたいやで。あのヴイマックスの新馬戦のおかげもあるやろうけど、変な癖つけんと丁寧に乗ってくれる騎手やって。」
山本調教師からそう聞かされた優は、予想外の高評価に戸惑いつつも、馬の力を出し切ってその期待に応えたいと燃えていた。
レースは長距離の3歳戦らしいスローペースで流れ、最初の1000メートルの通過は1分5秒。優は中団の7番手でじっくり折り合うと、馬群全体の動きに合わせて4コーナーから動き出す正攻法の競馬で勝負に出た。
前が楽をしているとはいえ、阪神の外回りの長い直線で先行して押し切るのはそう簡単ではない。直線ヨーイドンの瞬発力勝負を制したのは、出走馬中最速の上がり3ハロン34秒3の末脚を繰り出したザゴリラであった。このレースの勝ち時計は2分31秒6。
優は山本厩舎の管理馬で初騎乗初勝利。この名門厩舎と大社グループの信頼をより強くするこの1勝は、優の今後の騎手人生において大きな意味を持つ勝利であった。
勢いに乗って挑んだメインレース、芝1600メートルのリステッドレース・六甲ステークスは、西野厩舎のボヘミアンに騎乗。18頭中14番人気の人気薄であったが、この馬の担当の調教助手は同期の元騎手、西野 大地であった。かつての傲岸不遜な態度が消え失せた同期からもらったのは、ただ一言であった。
「ここは厳しいレースになると思うけど、頼むわ。」
以前は大地のことを嫌っていた優であったが、志半ばでターフを去り再出発する同期の姿にわだかまりは消え失せ、少しでも上の着順を目指すべくレースに臨んだ。
正攻法では厳しいのは承知しており、道中は最後方待機。展開がハマることに期待しての位置取りであったが、無情にも1000メートル通過は59秒2と、この距離にしては痛恨のスロー。
それでも道中インベタから4コーナーでも内を狙って、決して諦めないレース運びに徹した。その結果、人気馬が抜けたスペースを突いて、詰まることなく馬群を抜けることに成功した。
最後は地力の差もあり、前を差せず後ろから差されての6着に終わったが、人気を大きく上回る着順に関係者は大満足であった。
「いい騎手になったな、お前。天才肌の陽介にはない、叩き上げの強さを感じるわ。これからも頑張れよ。」
敗れたにも関わらず、大地は握手を求めて来た。
「ありがとう。今度は勝って握手出来るといいね。」
次の騎乗機会での勝利を誓って、同期の二人は騎手と調教助手に戻って行った。
結局、今週の優は実に3勝の固め打ちで、今年の勝利数はついに2桁の10に達した。日曜は自身初の1日2勝を上げて、関西でも結果を残すことに成功した。さらに、留守を任せた妹分の雅も、追い切りで併せた未勝利戦のホウヨクテンショウで見事勝利していた。
この日は優にとって、騎手デビュー以来最高の一日となった。




