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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第1部 少女ときどきジョッキー
71/222

71 凸凹

 週中の水曜日。美浦トレセンではこの日、週末の出走予定馬の多くが最終追い切りを行った。

 日曜日には中京競馬場で高松宮記念が控えているためマスコミの数も多く、トレセンはGⅠウイークらしい熱気を帯びていた。


「優センパイ。エメラルドグリーンとホウヨクテンショウについて、レースに行って気をつけなきゃいけないことがあったら教えて下さい。稽古でその辺の感触を掴みたいんです。」

 優のお手馬2頭のの追い切りを控えた雅は、事前に優にアドバイスを求めていた。


 この2頭はともに、今週中京で出走する未勝利馬である。

 エメラルドグリーンは土曜の若手騎手限定のダート1900メートル戦に、ホウヨクテンショウは日曜の芝2000メートル戦に、それぞれ出走する。


「エメラルドグリーンは素直で癖のない馬だから、スムーズなレース運びを心掛ければ大丈夫。ホウヨクテンショウの方は鞭を入れ過ぎると、反抗してレースを止めちゃうところがあるの。鞭を入れた時の耳の様子を見てれば分かるよ。怒って耳を絞る仕草が出たら、鞭はそれ以上入れないでプッシュに専念した方がいいんじゃないかな。」

 自分のお手馬の分析をサラッとやってのける優に、雅は素直に感心した。

「分かりました。追い切りで鞭を続けて入れてみて、どこまでが許容範囲なのかを直に感じてみます。」


 そして迎えた今日の追い切り。雅はホウヨクテンショウに跨り、調教パートナーの僚馬との併せ馬に入ろうとしていた。そのパートナーの背中には、優がいた。

 これは調教師の湯川の発案である。せっかくマスコミ関係者がたくさん来ているのだから、女性ジョッキー2人が併せ馬をする珍しい画を撮ってもらおうという、ファンサービスの一環であった。


 エージェントの大谷を中心としたアイドルプロジェクトこそ霧散したものの、意外にも雅に対する騎乗依頼は根強く続いていた。

「オーナーが是非ミヤビンちゃんに乗ってもらいたいっていうんだよ。彼女が乗ってると、何だかんだで目立つからって。」

 新しい師匠である湯川を通して入って来る雅への依頼は、大体こんな感じであった。


 全体に子供っぽい雰囲気の優とは対照的に、雅はとても絵になる存在であった。芸能界でも通用しそうな美人ぶり、161センチ・45キロというスタイルの良さに加え、トレードマークのポニーテールをなびかせる姿は、否応なしに目につく。外見的に華があるというのは、やはりそれだけで騎手が馬を集めるための一つの武器になるのだ。────それが勝てる馬であるかどうかは別にして。


 そんな凸凹コンビが轡を並べて、ウッドチップコースに入って来た。

 気付いたカメラマン達のシャッター音が、盛大に響き渡る。

「私が3馬身くらい先行するから、ミヤビンはそのまま追走して、直線に入ったら鞭を入れて追い抜く予定ね。じゃあ行くよ。」

 先に駆け出した優を、ワンテンポ遅れて追いかける雅。その差を保ったまま、予定通りコーナーを回って直線に入って行く。


 馬なりで先導する優を目標に、雅は鞭を入れてホウヨクテンショウにゴーサインを出す。

 1発、2発、3発……。リズミカルに鞭を入れるたびに、2頭の差が縮まる。


 前に並びかけて6発目の鞭を入れた時、異変が生じた。ホウヨクテンショウは両耳をわずかに内に向ける。優が伝えた反抗のサインである。

 ところが雅は、この動きが小さかったため、変化に気がつかなかった。追いながら鞭を入れるのに自分の神経を集中させ過ぎて、馬の変化に対応する余裕が不足していたのだ。


 そのまま7発目の左鞭を入れようとした時、内の馬に乗っている優がキッと外の雅を睨み、馬を驚かせないように抑え気味の声で伝える。

「ミヤビン、ストップ!耳!」

 その言葉に我に返った雅は、振り下ろそうとした左腕を止めて手綱をしごく。最後はホウヨクテンショウが半馬身先着してフィニッシュし、予定通りの調教を消化することが出来たのだった。


「すいませんでした、優センパイ。もっと分かりやすく怒ると思ってたんですけど、気がつかなくて……。」「ううん、併せ馬が無事成功して良かったね。追いながら馬の様子を確認するのは難しいと思うけど、今の感じを覚えてて。本番で失敗しないようにね。」


 まだまだ未熟な雅にとっては、日々是修業である。

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