70 ハナ差
激しい3着争いの末、鼻面を並べてゴールインした2頭。皐月賞の優先出走権の行方は、際どい写真判定に委ねられた。
両馬の関係者が緊張の面持ちで判定結果を待つ中、引き揚げて来たラッキーストライクの蟹田は、迷うことなく3着の止め場に馬を入れた。馬から降りた後は馬主や調教師とガッチリと握手を交わし、自らの先着を確信している様子である。
対照的に、遅れて帰って来たソーマナンバーワンの優は、うなだれたまま終始無言であった。
「最後、やっぱり差されてたか?」
太陽の問いかけに優は小さくうなずき、そのまま後検量に向かった。
どんなに際どい接戦でも、その当事者である騎手たちには、不思議とその優劣がはっきりと分かる場合があるという。今回の3着争いは、まさにそんなケースだったのだろう。
5分ほどの写真判定の結果、着順掲示板の3着には16の数字が上がった。最後の皐月賞切符を手にしたのは、ラッキーストライクの方であった。
「残念でしたが、ナンバーワンは良く走ってくれましたよ。藤平さんも、お疲れ様でした。」
オーナーの相馬は、激しいレースを終えた人馬をねぎらう。しかし優は、かぶりを振って自らを責めるのだった。
「私の仕掛けが、ワンテンポ早過ぎたんです。ワールドエンドはズブいから動き出しを早めていたのに、同じタイミングで追い出した分、最後苦しくなって差し込まれてしまいました。あそこで我慢出来ていれば、きっとラッキーストライクに捕まることはなかったのに……。」
「それは結果論だよ、優。人気2頭が先行している状況で、早めに動くのは決して間違ってはいない。差されたのは展開の綾さ。気に病むことはない。」
太陽はそう言うと、優の頭をそっと一撫でした。
ちょうどその時、権利取りに成功した蟹田が、スポーツ新聞の記者のインタビューに上機嫌で応じていた。
「いや~、大きなハナ差だったね。最後まで必死に追った甲斐があったよ。向こうの藤平ちゃんはゴール前ずっとステッキに頼ってたから、もしかしたらその差が出たのかもね、ハハハッ。」
蟹田に悪意はなかったであろうが、その言葉は優の傷心に深く刃を突き立てた。
どんなに頑張ってみても、この世界は優勝劣敗、結果が全てだ。ソーマナンバーワンにとって、皐月賞に出走できるチャンスは一生に一度しかないのだ。掴みかけたかに思えたその機会は、自分の力が足りなかったばかりに、するりとこの手から零れ落ちてしまった。
やりようのない悔しさと自らの不甲斐なさに、優は溢れ出す涙をこらえることが出来なかった。
その後、太陽と相馬の協議の結果、ソーマナンバーワンの次走は東京3週目の自己条件戦、夏木立賞に決まった。────春のクラシック出走を諦めて、今後のために賞金を加算する方向に舵を切ったのである。
意気消沈の優であったが、落ち込む暇もなくまた次の競馬がやって来る。
来週は土曜は中山、日曜は阪神での騎乗を予定している。
土曜の準オープン・春風ステークスには、優が騎乗して2勝しているチョトツモウシンがスタンバイ。前走は昇級初戦ながら2着。関西の厩舎ながら優をよく起用してくれる林調教師の期待に応えるためにも、ここは勝利という結果を出したいところである。
日曜の阪神では、栗東の名門・山本厩舎からの初の騎乗依頼が入っている。暮れの春待月賞でチョトツモウシンと同着優勝した、あのジェントルブリーズの調教師だ。山本はそのレースの優の騎乗内容を高く評価し、GⅠ高松宮記念の裏で手が空いた有力馬を回してくれたのである。
活躍する舞台を広げつつある優にとって、この関西の名門厩舎2つとのパイプラインは、何としても強化しておきたいところである。より信頼を勝ち取るためには、ここで納得させる結果を残す必要がある。
その一方で、ローカルを留守にする時のお手馬流出を阻止するためには、タッグを組む雅の活躍が不可欠である。優のお手馬2頭を委ねられた来週は、雅にとって正念場となる。




