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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第1部 少女ときどきジョッキー
64/222

64 暴走

 日曜日の中京第1レース、3歳牝馬限定、ダート1800メートルの未勝利戦。この取り立てて大きくもないレースに、雅は騎手生命を賭けるくらいの意気込みで臨んでいた。


 どんな騎手だって、強い馬に乗らないことにはなかなか勝てるものではない。その一方で、一番強い馬に乗れば必ず勝てるほど、競馬は単純でもない。

 先週2勝を上げるも期待外れの評価を受けている雅にとって、確勝馬を用意した今週で未勝利に終わるようなことは、見切りの早い競馬サークルにおいては致命傷になりかねない。既に自らのミスで土曜日の勝負レースを落としている彼女としては、ここは何が何でも勝たねばならない一戦なのだ。


 その未勝利戦には16頭が出走し、雅の乗るブルジョワジーが単勝2.0倍の1番人気に推されている。ここ2戦はいずれも惜敗の2着で、勝ち馬はともに評判馬だ。安定感ある先行脚質とその実績からは1倍台でもおかしくないのだが、不安視されているのは大外8枠16番のゲートと、鞍上であった。この馬は気性に難しい面があり、若手騎手が乗った新馬戦で10着に惨敗した後、菅田、ロベールの名手が手綱を取って2着を重ねている。新人の雅がこの馬を上手く導けるかが、大いに心配されているのである。


 2番人気は7枠14番、ジョバンニ騎乗のレディーファースト。惨敗続きだったが、後方待機策を取った前走で一変し2着。前回をフロック視する向きもあり1番人気は譲ったものの、重賞騎乗のため中京に来ているジョバンニを確保し勝負気配だ。


 3番人気は1枠1番、帝王・古畑のスクールガール。こちらはスタートダッシュに難があり、毎回後方に置かれる弱点があるが、ここ3戦は4着、2着、3着と常に勝負圏内に食い込んで来ている。


 そして4番人気が5枠10番、優のミスアメリカ。この馬も差し馬であるが、上位2頭よりは前目の中団待機が持ち味。5着、4着、5着と勝ち味に遅い印象だが、本命馬と同じ女性騎手の4キロ減に期待しての人気のようだ。


 上位人気馬がほとんど後方からというダート戦にしては珍しいメンバー構成の中、大本命の先行馬に騎乗する雅が、目標がいない状況でどんなレース運びを見せるかが注目の一戦である。


 枠入りは順調に進み、最後に大外のブルジョワジーが収まってゲートイン完了。そしてスタート。


 ────1頭大きく出遅れたのは、何とブルジョワジー!大本命馬の出遅れに場内が大きくどよめく。

(やだ、遅れちゃった!でも大丈夫、相手は差し馬ばかりだし、あたしは前に取り付けばいいんだから。)

 仕掛けてポジションを上げて行こうとする雅であったが、ここでブルジョワジーの気性の危うさが表面化してしまう。大外からブレーキが壊れた車のようにグイグイと進出して行くブルジョワジー。雅は何とか抑えようと懸命に手綱を引くも、大きく口を割って完全に折り合いを欠いてしまっている。


 出遅れ→押す→掛かる、という最悪のコンボを見せる大本命馬に悲鳴すら上がる中、先頭は最初の1000メートルを63秒1で通過する。この条件としては平均的な流れである。


 ここでブルジョワジーがじわっと先頭に並びかける。しかし、折り合いを欠いた上に前に壁を作れず、これだけロスの大きい競馬をしてしまっては、さすがの同馬にももはや余力はない。

 この様子を見た後続は、ここが勝負所と見て一斉に押し上げを図る。


(終わった……。でもこのままじゃ……。せめて、せめて……。)

 雅は大敗の言い訳を欲していた。このまま普通に失速してしまっては、惨め過ぎる。不利でも受けたことにすれば、と愚かな思考が頭をもたげる。

 その時、雅の視界に優のミスアメリカが飛び込んで来た。痺れるような手応えで馬群の間から先頭を捉えにかかる。

(ここでセンパイに勝たれたらあたしは終わる。センパイの馬にぶつけて弾かれた格好に見せよう。あわよくば共倒れに……。)


 雅のブルジョワジーは大外から一気に切れ込み、内のミスアメリカめがけて体当たりを敢行した。

 これに対し優のミスアメリカは、トップスピードに乗ったままコーナーをタイトに回る。優に限らず経験を積んだジョッキーなら、遠心力に負けずに膨らまないコーナーリングなど当然の技術である。

 

 計算が狂ったブルジョワジーの体当たりはミスアメリカの尻尾をかすめて、1頭分後方の内から伸びて来たジョバンニのレディーファーストを直撃した。騎座がしっかりしているジョバンニだけあって落馬はしなかったものの、勢いを殺されて大きく失速した。

 

 上位人気2頭がクラッシュして勝負圏外に去るという悲劇に、場内は騒然となった。

 勝負は先に抜け出した優のミスアメリカを、古畑のスクールガールが追う展開。こうなると斤量の4キロ差は大きく、なかなか差を詰めることが出来ない。後続のアクシデントにも助けられたミスアメリカが押し切り先頭ゴールを果たした。勝ちタイムは1分55秒5で、レースの上がり3ハロンは39秒7であった。


 勝利したにも関わらず、優に笑顔はなかった。

 道中大きな不利を受けたジョバンニは激怒し、凶行を犯した雅は当然採決室に呼び出されることとなった。


 上位入線馬が対象でないため、レースはそのまま確定した。

 確定の号令が掛かった後の検量室で、意気消沈の雅に向かったのは、鬼の形相をした優であった。


 パシン!


 平手打ちの乾いた炸裂音が、検量室内に響き渡った。

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