63 失態
直後につけている雅のグレートウォールが全く動かないのをいいことに、ペースを落とせるだけ落とそうと目論むヒエラルキーの鞍上・古畑。1000メートルから1200メートルのラップはついに13秒0まで落ち込んだ。
ここでついに優のラララコッペパンが動いた。馬群の外を舐めるようにまくり上げると、2番手のグレートウォールに接近する。
(優センパイったら、さてはあたしの外に張り付いて蓋をするつもりね。でもお生憎様、あたしの馬は手応え充分。進路が一瞬でも開けばズドンなんだから。そんな姑息な手は通用しませんよ。)
余裕たっぷりの雅だったが、その予想に反してラララコッペパンはグレートウォールをパスして、一気にヒエラルキーに馬体を併せにかかる。すると、それを待っていたかのように古畑もギアを上げて、2頭が並走して後続を引き離し始めた。
(あれ、あたしをマークしてるんじゃなかったの?でもこれで乗りやすくなったわ。あとは前の2頭を交わしさえすれば……。)
見込み違いに戸惑いつつも、逃げるライバルを追走するべく雅がスパートを開始しようとした時、異変が生じた。まくった優を追ってすぐ、後続が一気に殺到したのだ。瞬く間にグレートウォールの前と右には、分厚い馬群の壁が形成されてしまった。
縦長の馬群とは違い、密集した馬群においては構造上、他馬の動きに対する反応が早くかつ連鎖するのが当然である。優が仕掛けた時に油断していた雅は、完全に踏み遅れる形になって、馬群に飲み込まれた格好だ。
(ヤバ!早く外に出さないと!)
焦る雅だったが、時すでに遅し。直線入り口でようやく進路を確保したものの、気付けば最後方まで下がってしまっていた。いかにグレートウォールが強くても、どスローのペースでこの位置取りは絶望的であった。
大本命馬が終戦を迎えたその遥か前方では、先に仕掛けた強みでセーフティーリードを築いた2頭が激しいつばぜり合いを繰り広げていた。
51キロの軽量で詰めの甘さをカバーしたラララコッペパンが懸命に食い下がるも、レースの半分以上で楽をして十二分に脚が溜まったヒエラルキーは、そう簡単には止まらない。
ゴールまでもつれた競り合いの末、最後まで先頭を譲らなかった古畑のヒエラルキーが、優のラララコッペパンを首差振り切って優勝。自らの上がりが33秒5という後傾ラップのレースを制した。
「いや~、こんなに楽に行けるとは思わなかったわ。お嬢が仕掛けて来るのも予想通りだったし、それに合わせて動くだけで勝てるんだから、ホント笑いが止まらんわ、ハハハッ。」
「まくった時に一気に抜け出したかったんですけど、古畑さんはさすがに行かせてはくれませんでしたね。」
「そういや、あのアイドル娘は完全に包まれとったな。あの下がりっぷりは、お嬢の七夕賞を思い出すな。」
「レース中に私も思い出してたんですよ。どうしたって、古畑さんの後ろなら大丈夫って安心し過ぎちゃいますから。」
優勝を争ったレースを振り返る二人から少し遅れて、雅が引き揚げて来た。致命的なポジショニングミスを挽回しようと懸命に脚を伸ばし、上がり3ハロンで出走馬最速の32秒8の末脚を繰り出したものの、5着で掲示板に載るのが精一杯であった。
「この馬で馬券にも絡めないって、ありえないだろ。だから俺は反対だったんだよ、こんな子を預かるなんて。」
出迎える下山厩舎の番頭的存在、御堂調教助手は、怒り心頭で雅を叱責した。調教師の下山はその人脈を駆使して良質の管理馬を集めるのが主な役目であり、実際に厩舎を切り盛りしているのはこの御堂なのだ。大谷に唆されて雅を預かった下山に対して抱えていた不満が、貴重な勝ち負けのチャンスを台無しにされたことで抑えきれなくなってしまっていた。
雅は返す言葉もなく、ただただうなだれていた。
結局この土曜日、優も雅も勝ち星を上げることは出来なかった。しかし確勝級の鞍を落としたことで、雅を取り巻く状況はさらに悪化してしまっている。精神的にすっかり追い込まれた雅は、激しいプレッシャーの中で翌日曜の勝負レースを迎えることとなった。




