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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第1部 少女ときどきジョッキー
60/222

60 暗躍

 そのルックス故に、不本意に芸能人扱いされているのではないかと心配する優に対し、雅は突如として牙を剥き、自ら競馬界のアイドル宣言を行うのだった。


「ど、どうしちゃったの?ミヤビン。競馬学校の時、よく言ってたじゃない。今は下手でもコツコツ努力して、上手くなって、GⅠレースを勝つのが夢だって。」

「そうですよ、あたしはGⅠを勝ちたい。それは今も同じです。そのためにアイドルになるんです。」

「訳が分からないよ、ミヤビン……。」

「優センパイには分からないでしょうね。相変わらずクソ真面目に頑張ってるみたいだし。でも考えてみて下さいよ。亀がウサギに追いつこうとどんなに頑張ったって、ウサギが止まらなければ追いつけるはずないじゃないですか。センパイのやり方じゃ、トップ騎手になんかなれっこない。」

 雅は憐れむような表情を浮かべて、吐き捨てるように続けた。

「先輩だからって上から目線で物を言うのはやめてもらっていいですか。そもそも優センパイは始まってすらいないんですから。」


「私が始まってないって……どういうこと?」

「だってセンパイは、まだあたしと同じ減量4キロじゃないですか。陽介センパイなんか1年目で通算50勝を突破して、もう減量1キロまで来てるんですよ。今年の前半には100勝を達成して減量騎手を卒業することでしょうよ。」

 同期の出世頭の陽介は、1年目に55勝をマークし、2年目の今年はここまでの2か月で18勝。通算どころか年間100勝も射程に入れるペースで勝ち星を上げている。その陽介と比べられると、通算30勝にも届かず減量特典に変化のない優は、ぐうの音も出なかった。


「あたしはあたしのやり方で、乗り馬を集めて勝って見せます。エージェントが集めてくれる勝てる馬に乗れば、未熟なあたしでもこの世界で勝負出来るってことを、見せつけてあげますよ。センパイの所の神谷先生の口癖じゃないですか、走るのは騎手じゃなくて馬だって。」

「先生はそんな意味で言ってるんじゃないよ……。その言葉をそんな風に使うのは止めて!」

 優は語気を強めて反論したものの、その表情は悲しみに満ちていた。


「もういいよ、行こうぜ、優。こいつ、変わっちまったんだよ。」

 落胆する優を連れてこの場を去ろうとする陽介に対し、雅は宣戦布告する。

「陽介センパイも、すぐにあたしのことを無視出来なくなりますよ。今週のあたしを見ててくださいね。」

 自信に満ちた微笑を浮かべる雅に、さすがの陽介も不気味さを感じずにはいられなかった。



 遡ること数か月前。競馬学校卒業を間近に控えた雅は、自分の将来に大きな不安を抱えていた。

(陽介センパイは予想通り勝ちまくっているけど、優センパイは随分苦戦してるのね。陽介センパイは別格だとしても、優センパイだってあたしより断然上手かったのに。あの頑張り屋の優センパイでも思うように勝てないんじゃ、あたしなんて全く通用しないかも……。)

 新人騎手としてデビューしたものの1か月1勝のペースにも達していない優を見て、雅の心は揺れていた。

 そんな時、一人の男が雅を訪ねて競馬学校にやって来た。

「初めまして、相川騎手候補生。私は騎手の騎乗依頼の仲介を生業としている、エージェントの大谷(おおたに)と申します。」


 大谷は、地方騎手上がりの優秀なエージェントで、現在は大井出身の中田と田崎を担当している。その大谷が、雅を狙っていたのだ。

「実は今回新人枠として、私に相川さんを担当させて頂ければと思いまして、お願いに上がった次第でございます。」

 敏腕エージェントからの誘いは願ってもない好待遇である。不安一杯の彼女にはまさに渡りに船の話であったが、競馬学校でもパッとしない自分に何故声が掛かるのかと、雅は困惑した。


「それはあなたの並外れたルックスとプロポーションを生かして、私たちの広告塔になって欲しいからです。実は大手の芸能プロダクションとも話をつけてまして、あなたをアイドル騎手として売り出す計画を立てているのです。あなたの人気を目当てに寄って来た新規の馬主さんや調教師の先生を顧客に出来れば、私の担当する中田と田崎も潤う。あなたは私のネットワークで良質の乗り馬を確保出来る。もちろん私も相応のマージンは頂きますが。みんながWIN―WINの素晴らしい話だと思うのですが、どうでしょう。」

 これは勝利と栄光への近道に見えるが、同時に実力不足の自分が祭り上げられることを意味する。この悪魔の囁きに、雅は乗ってしまったのである。


 

 そして水曜日。各騎手の騎乗予定馬の想定が上がるこの日、美浦トレセンはにわかにざわついた。

 通常、デビュー週の新人騎手の乗鞍は数鞍あればいいところである。そんな中で、相川 雅が集めたのは、驚愕の18鞍。それも中央場所の中山競馬場での土日騎乗で、しかも半分以上が勝ち負け出来そうな有力馬であった。


 ちなみに昨年の優のデビュー週は、あのボンヴォヤージュを含めて、土日ともローカル開催の中京でわずか4鞍にとどまっていた。

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