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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第1部 少女ときどきジョッキー
57/222

57 ハンドリング

 前回騎乗停止に追い込まれたアップサイドダウンに継続騎乗することになった優。師匠の太陽の意見を取り入れて、今回はリングハミを使用して操縦性アップを図る。


 馬具による制御力の向上、そしてそれに伴うリスクとは何なのか。

 これについては、効きのいい車のハンドルを思い浮かべて頂くと、分かりやすいだろう。ステアリングに対する前輪のレスポンスが良すぎる状態でいつも通りにハンドルを切ると、結果として急ハンドルとなり、車はコントロールを失ってクラッシュしてしまう。

 通常より繊細なハンドリングが要求される中で、トップスピードに乗ったままコントロールするのは難しい。高スペックの代償に高い技術が求められるのは、馬でも車でも同じである。

 


 そして土曜日、準メインレースの金蹄ステークスの時間が迫って来た。この東京ダート2100メートルの1600万円以下条件戦に、今年は12頭が出走して行われる。


 このレース、優のアップサイドダウンは、気性難の不安を抱えている上に昇級初戦ということもあり、2番人気にとどまっていた。

 代わって1番人気に推されているのが、5歳セン馬のスコルピオン。この馬もアップサイドタウンと同様に気性が出世を妨げていたが、昨年行った去勢手術の効果がてきめん。条件戦を圧勝続きでこのクラスまで上がって来ていた。ダートの長距離戦では圧倒的に有利な逃げ脚質で、鞍上は大井出身の中田(なかた) 幸広(ゆきひろ)


 レース前のパドックで、アップサイドダウンは相変わらず不穏な動きをしていた。周回しながら時々激しく首を振ったり尻っぱねを見せたりと、暴発の危険を漂わせている。


 そんな中で本馬場に入場し、返し馬に入った優は、リングハミの有効性を確信していた。

(入場時は前回と同じく暴れてたけど、返し馬にはそれほどバカつかずにスムーズに入れた。外に膨らみそうになったけど手綱ですぐ修正出来たし、ハミを替えたのがいい方に出たみたいね。もしかしたら馬具が変わったのを気にしているだけかも知れないけど、少なくとも今回は効果が期待出来そう。)


 ダート2100メートルはスタンド前からの発走。ゲートが開くと、人気のスコルピオンはやや出負け気味のスタート。しかし長距離戦でテンのペースが遅いこともあり、中田が手綱をガシガシとしごいて予定通り先頭を奪う。

 アップサイドダウンは五分のスタートから、スコルピオンを見る形で2番手に落ち着いた。キックバックの砂を被るのを避けるため、インのポケットではなく1頭分外に出して追走する。


 頭数も手頃な長距離戦らしく、1000メートル通過は1分2秒4とスローの展開だ。アップサイドダウンは時折頭を上げる仕草を見せるものの、優が軽く手綱を引くと従順に落ち着きを取り戻す。そして、12頭はほぼ一団のままで向こう正面を抜け、第3コーナーを迎える。


 ここでスコルピオンの中田が、再びガシガシと激しく手綱をしごいて出し抜けを狙う。優が軽く促すと、アップサイドダウンもこれを追っていく。

 直線入り口で既に、この人気2頭のマッチレースの様相だ。


 中田の激しいアクションとは対照的に、優の追うフォームはやけに頼りない感じだ。スタンドからの歓声を気にしたのか、アップサイドダウンが内にササり気味なのだ。

 優は右手綱で慎重に外へ進路を取るよう促しつつ、前のスコルピオンを追う。


 残り300メートル辺りでようやく納得したのか、アップサイドダウンが外に持ち出される。優のプッシュに力強さが加わると、それに反応してアップサイドダウンは一気に加速する。


 するとエンジン性能の高さを存分に発揮し、アップサイドダウンは一気に4馬身ほど突き抜ける。ゴール前で再び内に行きそうになるのを修正したため少し詰められたが、結局スコルピオンに3馬身差をつけてゴールイン。連勝でオープン入りを果たした。勝ち時計は2分10秒9で、自身の上がりの3ハロンは36秒9。


「太陽の意見を容れてハミを替えてみたが、ズバリだったな。今までで一番スムーズな競馬だったよ。」

 優とアップサイドダウンを出迎える湯川の顔も綻ぶ。

「まともに走ればやっぱり力が違いますね。悪さをするのは変わらないけど、今日は許容範囲でした。」

 この馬で今年貴重な2勝を得た優も表情を緩める。前回の失敗を繰り返さないよう神経を使ったが、今は心地よい疲れだ。


 高い潜在能力を証明して見せたアップサイドダウンであったが、この先の重賞やGⅠを見据えると、優の手を離れて上位騎手に手綱を委ねることになるであろう。それが分かっているだけに一抹の寂しさと悔しさはあるものの、今は実績と信頼を積み上げていくしかないのだ。

 優はアップサイドダウンの首を優しく撫でて激走を労うと、馬を降りて検量に向かった。

 



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