53 少女ところによりジョッキー ~大井編~
週中の水曜日。優は地方交流競走に騎乗するため、大井競馬場に来ていた。
この日の大井競馬場は、前日の雨の影響で、馬場状態は稍重となっていた。
優が騎乗するのは、如月賞。中央競馬の500万円以下条件の馬と、南関東競馬のB2・B3クラスの馬との交流戦である。
交流重賞では中央馬が圧倒的な結果を残しているが、条件クラスの交流戦では地方馬も互角以上の成績を収めている。イメージとは異なり、地方交流競走は決して中央馬の草刈り場ではないのである。
中央・地方合わせて14頭が出走するこのレースで1番人気に推されたのは、4枠6番、地元大井の5歳牡馬カーネルサンダー。同馬に騎乗するのは波止場 邦男。大井の帝王と呼ばれるこの男は、通算勝利数の日本最多記録を持つ地方競馬のレジェンド騎手である。激しいアクションで馬を追う地方騎手の草分け的存在とも言える波止場は、還暦を迎えてもなお現役バリバリの鉄人であった。
対する優のこの遠征でのパートナーは、栗東・林厩舎の4歳牝馬アヤフヤロケット。中央の500万円以下条件戦では4着が最高と壁にぶち当たっており、相手関係とコース替わりに新味を求めての挑戦であった。元々林調教師はこういった遠征には積極的で、コンスタントに管理馬を地方に送り込んでいる。ここでは3枠3番の好枠を引いたこともあり、中央勢では最高の3番人気の支持を受けている。
優を上回る2番人気は、1枠1番、船橋の7歳牡馬ジュウロクレンシャ。鞍上はこちらも船橋のレジェンド・石橋 貴。メンバー中でも随一の先行力で、調教師からは逃げ宣言が出ている。
初の大井での騎乗に際し、師匠の太陽からのアドバイスはシンプルであった。
「大井の馬場はカメレオンのように変わる。内が伸びると思ったら、次のレースでは外差しが決まったりする。だから馬場の傾向を読むのは当然だが、過信はするな。迷ったら、帝王・波止場の動きを見るんだ。」
大井1200メートルは、基本的には内枠の先行馬が有利である。しかし朝からレースを見ていた優は、今日は外の馬場が伸びていることを把握していた。
(スタートから内で流れに乗って、直線は外に出して押し切る。これが今日の勝ちパターンかな。)
優はこのようなプランを描いてレースに臨んだ。
そしてレースがスタートした。大方の予想通り、石橋のジュウロクレンシャがハナを切る。優のアヤフヤロケットは3番枠からそのままインの3番手に付け、じっくりと脚を溜めている。
波止場のカーネルサンダーは、中団の馬群の中でじっとしている。包まれて動くことも出来ない、苦しい位置取りに見える。
前半600メートルは36秒フラットと、この条件にしてはスローペースで流れている。鉄人・石橋の絶妙なペースメイクだ。
優は股の間から後方の波止場の動きを確認する。依然として馬群の中にとどまっており、抜け出すのは難しそうな所にいる。
(先生は波止場さんに気をつけるように言ってたけど、あの位置じゃマークしようもないし、外には出せなさそう。ここは前の石橋さんが相手だ!)
優は波止場に見切りをつけ、予定通り直線入り口で外目に持ち出して前を追う。楽逃げのジュウロクレンシャはなかなか止まらないが、アヤフヤロケットの方がエンジン性能は上のようで、じわじわと差を詰めて行く。
その時、スタンドが大きく沸いた。内から馬群を割って伸びて来たのは、大井ではお馴染みの赤い勝負服。帝王・波止場のカーネルサンダーだ!
(えっ!?あんな所から抜けて来たの?それに内がどうしてあんなに伸びるの?)
驚く優を尻目に、波止場の激しいアクションに導かれたカーネルサンダーは、後続に2馬身差をつけて完勝のゴールイン。勝ちタイムは1分13秒8、上がり3ハロンは37秒8の決着であった。
優のアヤフヤロケットが続いて2着、石橋のジュウロクレンシャが3着と、比較的堅い結果に終わった。
「やっぱりハトバだよー。ほらほら、来るって言っただろ、俺はよー。」
お酒が入ってすっかり出来上がった馬券親父が、誇らしげに周囲にアピールしている。どうやら波止場から馬券を買って的中したようだ。
生き物のように変わる大井の馬場を読み切り、密集する馬群を難なく捌いた波止場。優は、衰えを知らぬ大井の帝王の凄さに、ただただ脱帽するのみであった。




