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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第1部 少女ときどきジョッキー
40/222

40 届けたい想い

「有馬記念お疲れ様、陽介。」

 

 ここは美浦トレセンから少し離れた某カラオケ店。優は、新人ながら有馬記念初参戦を果たした陽介をねぎらうべく、2人きりのささやかなカラオケ大会を催していた。

 お世辞にもアクセスがいいとは言えない美浦トレセンの周辺では、羽を伸ばせるような場所が少ない。まして未成年ともなれば、なおさらだ。優たちの娯楽がカラオケに偏るのも、必然であった。


 優が流行りのラブソングをたどたどしく披露して見せれば、陽介は二十世紀の名曲を渋く歌い上げる。そんな時間がしばらく続いて、小休止に入った。

「やっぱりカラオケは人数が多くないと盛り上がりに欠けるね。鈴木君が退院したら、同期3人でクリスマスをやり直そうよ、陽介。」

「そうだな、鈴木のやつ、入院長引きそうだからな。騎手は怪我の治りが早い人が多いし、引退前に来られるといいけど。……まあ俺は2人で充分楽しいぞ。」

 

 そんな会話を交わした後、優は注文していたジンジャーエールをストローですすった後、うつむきながら言った。

「それにしても、有馬記念は残念だったね、陽介……。」



 色気を持って有馬記念に挑んだ陽介だったが、16頭中9着という結果に終わっていた。


 陽介の希望通りの良馬場で行われたレースは、序盤から古畑騎乗のマシンハヤブサがよどみないペースで逃げ、陽介のジェットマンは1枠1番の利を生かして5、6番手の内を追走していた。

 時計の速い締まったレースになれば、スピードに秀でたジェットマンにも浮上の目がある。展開がはまったかもと、陽介は内心ほくそ笑んでいた。

 

 中山の直線は短い。厳しいペースにも関わらず騎手心理は、逃げ馬を楽に行かせることを良しとしない。3、4コーナーの中間辺りで、逃げるマシンハヤブサが後続の仕掛けに飲み込まれる。馬群の様相が一変し、団子状態の混戦で直線に突入する。 


 馬群に包まれた陽介だったが、ジェットマンの手応えにはまだ余裕がある。上位をうかがうべく、ロスなく馬群を割ろうと進路が開くまで我慢する。

 そして前方に一頭分のスペースが出来た。陽介がゴーサインを出した瞬間、内で脚を溜めていたマッテオ・ジョバンニ騎乗のバーニャカウダが強引に寄せて来た。ジェットマンを外に弾き出し、陽介が狙っていたスペースを確保して一気に突き抜ける。

 

 結局、優勝したのは宝塚記念馬バーニャカウダ。追い込んできたダービー馬プレタポルテを1馬身差っで振り切っての勝利だった。

 なお、騎手マッテオ・ジョバンニは、ジェットマンを弾いた件で進路妨害を取られ、実効4日間の騎乗停止処分を受けている。



「まあ、終わってからタラレバを言っても仕方ないよ。俺もジョバンニさんを弾き返すくらいの気持ちで行かなきゃいけなかった。あれだけの大レースだとみんな必死だから、甘くはないさ。」

「陽介は凄いね。私なんてGⅠ騎乗はまだまだ遠いし、重賞すら手が届かないのに。ジェットマンは陽介の前に私も乗ったから、やっぱり差を感じるよ。」

 

 トップ騎手と大舞台で渡り合う陽介に対して素直に脱帽しながら、優はふと想いを漏らす。

「私ね、当面の目標は重賞レースを勝つことなの。関係者のみんなが目標にしてる重賞タイトルを手にすることで、初めて一人前の騎手として認められると思ってるから。だから、もし重賞を勝てたら、……勇気を出して、太一さんに私の気持ちを伝えるって、決めてるんだ。」


 優の大胆な宣言に、太一も呼応する。

「じゃあ俺も同じ願掛けをするとしようか。実は俺にもずっと好きな子がいるんだ。日本競馬の最高峰、日本ダービーと有馬記念、もしそのどちらかを勝てたら、俺もその子に告白することにするよ。」

 真剣な顔を向けて語る陽介に、優が返す。

「ええっ!陽介に好きな子がいるなんて初耳だよ。ねえ、どんな子?」


「……その子には他に好きな人がいるんだ。現状は俺の片思いだよ。」

 陽介は肩透かしを食らったかのように落胆しながら答えをぼかすしかなかった。

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