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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第1部 少女ときどきジョッキー
38/222

38 それぞれの道

 鈴木が落馬した翌日の日曜日。今日も優は、中京競馬場にいた。


 この日の鈴木の騎乗予定馬は、計3頭。当然ながら、全て乗り替わりとなった。そして、そのうちの1頭は、同期の清原に回って来た。


 午前中に組まれている障害未勝利戦には、優の1歳年上の同期、栗東の五十嵐が参戦していた。

 五十嵐は初騎乗で初勝利を上げて注目を集めたものの、その後は苦戦。乗り鞍を求めて、現在は障害レースを主戦場にしていた。ボクシングで鍛え上げた強靭な肉体とボディバランスを生かして、安定した飛越を見せており、成り手不足が深刻な障害騎手界においては、レギュラーメンバーとなりつつあった。


「鈴木のやつ、落ちて入院したって聞いたき心配しよったけど、大事に至らんで良かったわ。まああれだけの大怪我やき喜べんけんど、まあホッとしたき。」

 五十嵐は、朝一で会うなり優に、鈴木の話題を振って来た。

「昨日お見舞いして来たけど、意識はしっかりしてました。……もう免許期間のうちに乗れそうにないから、かなり落ち込んでましたけど。」

「そうや、辞める言いよったね。けど、せっかく騎手になったにもったいないと思うで。俺は騎手やるのが好きやき、平地でも障害でも、この仕事にしがみつくつもりやき。」

 故郷の土佐弁丸出しで喋る五十嵐だったが、鈴木とは対照的に、これからの自分の騎手人生について一片の迷いも持たない、意志の強さが伝わって来た。


 その障害未勝利戦。これが初障害の3歳牝馬カルテジアンに騎乗した五十嵐は、後続に10馬身差をつけて圧勝した。障害レースでは大きな差がつくレースも珍しくはないが、この馬の飛越のセンスと脚力は、上のクラスでも通用すると思わせるものであった。

「おめでとうございます、五十嵐さん。カルテジアンは私も同じレースで走ったことがありますけど、凄い強さでしたね。」

「ありがとう、藤平。この馬は強いで。俺はこの馬で、中山大障害や中山グランドジャンプを目指すき。同期で一番先にGⅠ勝つのは、陽介じゃのうて俺かも知れんで。」

 五十嵐は、これで障害レース5勝目。その表情も自信に満ちていた。


 午後に入り、鈴木も騎乗する予定だった若手騎手限定戦の時間が来た。

 このレースは3歳以上500万円以下条件のダート1800メートル戦で、出走馬は13頭で行われる。


 1番人気は7枠11番、優のお手馬で自厩舎所属の3歳牡馬フレイムセイヴァー。この馬での騎乗成績も1着、5着、2着と相性が良く、このレースで2勝目を狙う。斤量は4キロ減の52キロで、単勝2.3倍と抜けた支持を集めていた。

 鈴木に代わって清原が騎乗するのが、3枠3番、3歳牝馬のパックンフラワー。芝に見切りをつけ、このレースが初ダートとなる。鈴木の所属先でもある大島厩舎サイドでは、坂路の調教で見せる抜群の動きから、ダートはむしろ合うのではないかと期待されての挑戦であった。ただ、芝向きの血統背景に加えて完敗続きだったこともあり、ここでは単勝21.7倍の7番人気にとどまっていた。斤量は3キロ減の51キロ。


 ゲートが切られると、内から清原のパックンフラワーが内から馬なりで先頭に立つ。一方、優のフレイムセイヴァーは課題のゲート難がここで顔を出し、スタートで1馬身ほど後手を踏んだが、砂を被らないように外から徐々に押し上げて行く。

 逃げるパックンフラワーの1000メートル通過は、1分2秒ジャスト。このクラスでは平均的なペースだが、軽快に飛ばす様子から、やはりダートに適性があるようだ。清原の手綱は全く動いていない。抜群の手応えだ。

 

 このまま逃がしてはまずいと判断した優は、4コーナーから一気に仕掛けてパックンフラワーに並びかけた。しかし、追い通しの優に対して、清原は相変わらず持ったまま。勝敗は火を見るよりも明らかであった。


 結局パックンフラワーは、そのまま後続を寄せ付けずに1着ゴールイン。2着に4馬身差をつける完勝であった。勝ち時計は1分53秒1、上がりの3ハロンは38秒3。

 パックンフラワーを早めに捕まえに行った優のフレイムセイヴァーは、最後は脚が上がって後続にも差されての4着。人気を裏切る結果となった。


 鈴木同様結果が出ず苦しんでいた清原は、遅まきながらこれが嬉しいデビュー初勝利となった。ただ鈴木の心情を思うと、派手に喜びを表すことは出来なかった。

「初勝利おめでとう、清原君。」

 検量室で清原は、優を皮切りに関係者から次々と祝福を受けていた。

「なあ優、俺素直に喜んでええんかな。何か鈴木に申し訳のうてな、ちょっと。」

「そりゃあ鈴木君は悔しいとは思うけど……。でも自分の厩舎の馬が勝ったことは素直に喜ぶ人だよ、鈴木君は。今は喜んでいいと思うよ。」

 その言葉を聞いて清原はようやく、はじけるような笑顔を見せた。


 表彰式で優は、清原の後ろで『祝・初勝利』のプラカードを持って立っていた。自分が負けたのはもちろん悔しいが、同期の勝利は嬉しいものだ。



 障害騎手として活躍する五十嵐、初勝利を上げた清原の陰で、騎手生活に終止符を打つこととなった鈴木。

 チョコレートケーキが勝った芝の未勝利戦で一緒に走った後、それぞれ障害レースとダートレースにそれぞれ転向して圧勝したカルテジアンとパックンフラワー。

 人も馬も、それぞれ別の道へと分かれて進んで行く。そんな現実に一層の寂しさを覚えて、切ない気持ちになる優であった。

 



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