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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第1部 少女ときどきジョッキー
37/222

37 病室

 落馬した鈴木は意識が戻らないまま、競馬場のすぐ近くの病院に救急搬送された。

 ウイナーズサークルで表彰される優の表情からは、笑顔が消え血の気が引いていた。

 

 たとえアクシデントがあろうと、次のレースは待ってはくれない。表彰式のため遅れてコースに現れた優は、青ざめたまま、心ここにあらずといった感じで馬上にいた。


「……ぅ。 ……ょう。 おい!お嬢‼」

「はっ、はいっ!」

 待機所で輪乗りの最中、古畑が自分に呼び掛けていたのにハッと気付いた優は、慌てて返事をした。


「鈴木の坊主が心配なのは分かるが、ボーっとしてんじゃねえよ。お前が乗ってるその馬は、関係者とファンの期待と、馬券購入者のお金を背負ってるんだ。半端な気持ちじゃ失礼だろうが。」

 いつもの憎まれ口を叩く古畑だったが、優はそこに古畑の先輩としての優しさを感じ取った。

「そうですね、その通りです、古畑さん。活を入れて下さってありがとうございます。」


 優にまっすぐな感謝を返された古畑は、柄にもなく少し照れながら言う。

「俺も仲間の落馬を腐るほど見て来たからな…。分かるっつうか、動揺するわな、あんな落馬見ちまうと。まあお前がここで心配したってどうなるもんでもないから、今はレースに集中しろよ、いいな。」


 古畑の喝で心を立て直した優は、残念ながら勝ち星を積み重ねることこそ出来なかったが、いつも以上に気合いの入った騎乗で、この日を乗り切った。



 全レース終了後、優と清原は、鈴木を見舞うために病室を訪れていた。

「来てくれたのか、おまえら。心配かけてごめんな。」

 厩舎関係者が帰った後で、病室には他に誰もいなかった。

「鈴木君、意識が戻ったんだ。…良かった…。」

 涙ぐみながら喜ぶ優に、鈴木は申し訳なさそうに言う。

「ごめんな、藤平。例のクリスマスパーティーの予定、キャンセルになっちまった。」

 強度の脳震盪、頭蓋骨の亀裂骨折、それに手足の複数個所の骨折…。当分の間、入院しての静養を余儀なくされる重傷であった。


「俺あの時、勝てると思って焦っちまった……。逃げてた清原にも迷惑を掛けたな、本当ごめん。でも、馬が、テナモンヤが大事に至らなくて良かったよ、マジで。」

 前の馬に触れて転倒したテナモンヤだったが、幸い軽い外傷で済んだとのことだった。


「俺さ、騎手を辞める決心はついてたけど、それまでにせめて1つくらいは勝って、中央競馬の歴史に少しでも足跡を残したいと思ってたんだ。こないだテナモンヤに乗せてもらって、2着に入った時、この馬とのコンビなら俺でも勝てるんじゃないかって……。俺、俺さ……。う、う、うう────。」


 鈴木は号泣した。人目もはばからずただ泣いた。優と清原は、掛ける言葉も見つからずに、もらい泣きするばかりであった。

 ────騎手免許は、3月に更新される。そして騎手を辞めて調教助手に転身する予定の鈴木は、免許を更新しない。すなわち、あれが騎手・鈴木 拓郎の最後のレースとなったのだ。


 

 まだ日曜のレースがある。翌日騎乗予定のある騎手は、夜の9時までに調整ルームに入室しなければならない。

「見ててね、鈴木君。鈴木君の分も私、頑張るから…。そしていつか、鈴木君が鍛え上げた馬に私が乗って、一緒にGⅠを勝とうよ。」

「じゃあな、鈴木。早く退院出来るよう、リハビリ頑張れよ。」

「おう。……2人とも、今日はありがとな。」


 優と清原は、病室を後にして、中京競馬場の調整ルームに向かった。鈴木がいなくなっても競馬は続く。そんな当たり前のことを考えて、一抹の寂寥感に襲われながら。


 





 

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