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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第1部 少女ときどきジョッキー
36/222

36 鈴木君

 美浦の同期3人でクリスマスパーティーを開くことに決めた直後の土曜日、優は鈴木と同じレースに出走していた。


 中京競馬場の3歳以上500万円以下条件の、若手騎手限定戦。稍重のダート1200メートルで行われるこのレースには、美浦の鈴木、栗東の清原の同期2人の名前があった。


 14頭が出走するこのレース、1番人気は7枠12番、優が騎乗する3歳牝馬ウィンドブレーカー。懇意にしている花村厩舎の管理馬で、体質が弱く3歳夏までデビューが遅れたものの、既走馬相手に2着すると、2戦目で勝利した。中央・地方問わずダートの短距離で活躍馬を多数輩出しているノースウィンド産駒。この条件では不安な追い込み脚質だが、新人女性騎手の4キロ減量特典で斤量が50キロになるのが有利と見られて本命視されている。


 鈴木が乗るのは6枠10番、4歳牡馬のテナモンヤ。斤量は3キロ減の54キロ。前走はこのクラスで、人気薄ながら中団から最内を突いて2着に健闘し、ここでは3番人気と有力馬の一角と見られている。騎手デビューしてからまだ勝てていない鈴木には、初勝利の期待がかかる。


 清原の乗る1枠1番デンデンダイコは、最低人気。3歳牡馬の逃げ馬で、3キロ減の53キロ。ハナを切るスピードはあるが粘りの足りないレースぶりで惨敗を繰り返しており、ここでは厳しそうだ。


「最近の西野君は、どうなの?最近は全然レースに乗ってないみたいだけど…。」

 パドック騎乗前の控室で、優は清原に西野の近況を尋ねた。

「いろいろやらかして親父さんの所の馬すらNG食らってるみたいやし、正直もう厳しいんちゃうかな。とりあえず親父さんの下で、助手として出直すような話を聞いたけど、俺も全然会っとらんし、よう分らんわ。」

「そっか……。教えてくれてありがと。」

 西野のことをよく思っていない優であったが、やはり同期がいなくなって行くのは寂しいものだ。


「あっ、そうそう鈴木君。陽介からも聞いていると思うけど、来週のクリパ、よろしくね。」

 優は鈴木に予定を再確認した。

「みんな相手がいないなんて、残念な集まりだよな…。来年は不参加になることを祈るよ。」

 ちなみに、優や陽介が、鈴木を名前でなく苗字で呼ぶのは、別に親しくないからよそよそしいという訳では決してない。鈴木本人が、拓郎という下の名前を気に入っていないため、そう呼んでくれとリクエストしているのだ。何でも両親が某フォークシンガーのファンで、そこから名前を取ったのだとか。



 レースは大方の予想通り、最内の清原・デンデンダイコの逃げでスタートした。鈴木のテナモンヤは中団6番手、優のウィンドブレーカーは後方から2頭目に付けている。


 清原は、最初の3ハロンを12.5-11.0-11.4で入った。短距離とはいえ、このクラスでは少しオーバーペース気味か。4コーナーに差し掛かる頃には、デンデンダイコの手応えが早くも怪しくなって来た。


 優は、内の馬群が固まっているのを見て、これを捌くのは難しいと判断した。そして内につけたままコーナーを回り、4コーナーの入り口で直線的に大外へ持ち出した。外に移動する距離ロス、ストライドのロスをともに最小限にとどめようとするコース取りである。


 一方、鈴木は、前走と同様にインに突っ込んだ。こちらは、レース時間の短い短距離戦では、ロスなく立ち回った方が当然有利という、セオリー通りの判断である。


 内外分かれた二人のコース取りは、果たしてどちらに吉と出るか。


 ハイペースにも恵まれたウィンドブレーカーが、遮る者のいない大外から、グイグイと脚を伸ばす。自分のものにしつつある例の空気抵抗を抑えたフォームで、風を切り裂くように馬群を一気に飲み込んで行く。


 対してテナモンヤは、前が壁になって苦しんでいた。前走では内ラチ沿いがぽっかりと開いたが、今日はそうは行かなかった。

(脚は、脚はあるんだ。頼む、どこか、どこか開いてくれ。)

 焦る鈴木の目の前で、逃げていた清原のデンデンダイコが、苦しくなってわずかに外にヨレた。最内に現れたそのスペースに、鈴木は蜘蛛の糸にすがるかのように飛びついた。

(勝てる、これでついに、……勝てるぞ!)

 

────それは、騎手として取ってはいけない進路だった。 


 大外を突き抜けたウィンドブレーカーが、内を行く後続を半馬身抑えて先頭でフィニッシュ。しかし優は、その余韻に浸ることは出来なかった。

「……鈴木君!」

 

 最後の直線で、狭いスペースに無理に突っ込んだテナモンヤの前肢が、前を行くデンデンダイコの後肢に接触。つまずいたテナモンヤはその場で転倒し、鈴木はダートコースに激しく叩きつけられてしまった。


 全馬が通過した後、鈴木はその場で全く動かずに、うずくまったままであった。

 


 



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