35 約束
オリオンステークスで優が騎乗したレオパルドンは、離された最下位に終わった。
「ひどく落ち込んでるかと思ったら、案外サバサバしてるじゃないか。」
翌日、帰京した優と顔を合わせた太陽は、優がそれほどショックを受けている様子がないのに驚きを見せつつ、声を掛けた。
「そうですね。結果はとても残念でしたし、馬の力を出し切れたとも思ってません。それでも、私なりに考えてレースに臨んで、ベストと思えた選択をしたつもりなので、悔いは残ってないです。私はまだまだ未熟で足りないところばかりなのを再確認しましたし、もっと上手くなりたい。今はそれだけです、先生。」
顔を上げて前向きに語って見せる優に対し、太陽は微笑みをたたえて言う。
「強くなったな、優。前は結果が出ないとすぐ落ち込んでたのにな。…まあ、騎手なんてトップ騎手でも2、3割勝てりゃいい方だし、負けを引きずるよりも何故負けたかを検討する方が、よっぽど生産的だからな。」
「先生は、私のレオパルドンの騎乗をどう思いました?」
優は、師匠に分析を求めた。
「そうだな。スタートから道中のポジショニングまでは、大きな問題はなかったと思う。やっぱり結果を左右したのは、トンカツがまくって来た時の対応だろう。」
「やっぱりそうですよね。でもあそこでじっとしていたら、切れないレオパルドンが勝ち切るには厳しいと思ったから、トンカツさんについて行ったんです。」
「人気サイドのコッペリアをみんなが意識した結果、全体の動き出しが早過ぎた。結果論としては、自分の競馬に徹したミツルのように、あそこで我慢した方が着順を上げることは出来ただろう。
でも、騎手である以上、着拾いよりも1着を狙うのは正しいことだ。お前がレオパルドンという馬を理解した上で勝ちに行ったのなら、間違ってはいないよ、優。」
優の選択を肯定した太陽だが、釘を刺すのも忘れない。
「ただコッペリアに外から来られて行きたがったのは仕方ないにしても、そのまま行かせたのはまずかったな。あんな所から馬の行く気に任せてしまっては、さすがに脚が持たない。お前は折り合いをつけるのは上手い方だから、ああいう時は行かせながらじわりとハミを抜いて息を入れないと。長い距離のレースでは、ペースの緩急への対応が勝負を分けるから、これから経験を積んでそういう技術も伸ばして行くといい。」
「はい、先生。今回は貴重な機会を与えて頂いてありがとうございました!」
トップ騎手が揃った長距離カテゴリーのレースに新人の自分を乗せてくれた師匠に、優は心から感謝するとともに、いつか必ず恩返しをしたいと願った。
週が明けての月曜。今週は、GⅠ朝日杯フューチュリティステークスが行われる。優が新馬戦で騎乗したヴイマックスが、評判通りの強さを見せてタイトル奪取なるかに注目が集まる。
優はその日はローカルの中京競馬場で騎乗するが、あの馬がGⅠでどのくらいやれるかという興味と、自分が乗せてもらった馬だから頑張って欲しいという応援の気持ちは当然持っていた。
そんな中、優はトレセンでひとり浮かない顔をしていた。
「お帰りなさい、太一さん。ちょっとお伺いしたいことがあるんですけど……。ら、来週、来週のですね……。」
来週は、クリスマスという一大イベントがある。やっぱり太一は綾とよろしく過ごすんだろうかと思いつつも、諦めたくない優は、ダメ元で誘ってみようとした。が、しかし。
「来週の……有馬記念!太一さんは、有馬記念はどの馬が勝つと思いますか?」
「相変わらず優ちゃんは競馬一筋で真面目だねえ。そうだな、僕はジョバンニが乗るバーニャカウダが勝つと思うよ。ジャパンカップも惜しかったし。」
────結局勇気が足りず、出来なかったのだ。
ため息をつく優に、通りがかった陽介が、からかい気味に声を掛ける。
「どうしたよ、優。元気ないじゃん。ひょっとして兄貴をクリスマスにでも誘おうとして、上手く行かなかったか?」
(こいつエスパーかよ!)
ムッとした優が無言で陽介を睨みつけると、陽介は一瞬驚いた表情を見せた後、言った。
「マジでそうだったのかよ。正直すまんかった。……その代わりって言っちゃ何だが、俺らでクリスマスパーティーやろうぜ。鈴木も混ぜて同期3人でさ。お互いクリぼっちは嫌だろ?」
「へえ、陽介も相手いないんだ。今絶賛売り出し中だしモテそうなのに、意外だね。うん、いいよ。私で良かったら参加させてよ。何だか傷の舐め合いみたいでアレだけど。」
寂しいイヴを回避出来る、まさに渡りに船の誘いに優は喜んで乗った。その時の陽介がやけに嬉しそうにしていたのには、気付いていなかったが。




