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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第1部 少女ときどきジョッキー
31/222

31 追い比べ

 ピンポンダッシュの乗り替わりの件は、美浦トレセンの一部で話題になっていた。

「優ちゃん、この馬では結果を出してたのに、ちょっとひどくね?」

「神谷先生が藤平に復讐の機会を与えるために、看板馬のエルブランコをあえてぶつけるらしいよ。」

「何でもかんでも外国人じゃ面白くないわ。ギャフンと言わせて欲しいもんだ。」

「いや、でも実際ジョーンズはモノが違うよ。ジョーンズが乗ると5馬身は違うって言われるのも分かる。」

「世界一の騎手と新人なら、世界一を乗せるに決まってるでしょ。誰だって勝ちたいんだから。」

 かまびすしい外野の声をよそに、浜松ステークス当日を迎えた。



 浜松ステークスは、この日の中京競馬場のメインレース。3歳以上1600万円以下条件、芝1200メートルのハンデ戦に、フルゲート18頭が集まった。


 1番人気は、4枠7番ピンポンダッシュで、単勝は4.8倍。世界一と称されるロビー・ジョーンズの騎手人気もあるが、新人騎手を乗せて500万円以下、1000万円以下と条件戦を連勝したスピードは、クラスの壁を感じさせないものがあった。伸び盛りの3歳牡馬で、ハンデは54キロ。

「花村先生、ここ勝ったら正月のカーバンクルステークスをつこうて、シルクロードステークスで重賞制覇を狙いまひょ。今の勢いやったら行ける気ぃしますわ、ワッハッハ。」

 パドックで、ピンポンダッシュの馬主が上機嫌で談笑している。

「堪忍やで、藤平ちゃん。でもこれも勝負の世界の常や。今日も勝たせてもらうでえ。」

 それに対して、優は軽く会釈をして周回を続けた。連勝させてもらって恨みなどあるはずもないが、意地はある、負けたくない。


 その優が乗る3歳牡馬エルブランコが、単勝5.2倍で差のない2番人気。7枠14番で優のかぶるオレンジ帽と鮮やかなコントラストをなして、真っ白い芦毛がパドックでひと際目立っている。デビューしてから3着を外したことのない堅実派で、ピンポンダッシュと同じく条件戦を勝ち上がってここに臨んでいた。ハンデも同じ54キロ。関東のいぶし銀・蟹田(かにた) (ひとし)騎手が主戦の馬だが、蟹田は中山のGⅡステイヤーズステークスに乗るため、代打で優が乗ることとなった。太陽が優を乗せるために意図的に重賞の裏に使ったと見る向きもあったが、真相は不明である。


 ゲートが開くや否や、内からピンポンダッシュが一目散に飛び出して行く。外枠から出たエルブランコも、好発から内に寄せると逃げるピンポンダッシュの真後ろにつけ、徹底マークの構えだ。


 ピンポンダッシュはテンの3ハロンを33秒9で入る。電撃の6ハロン戦としては平均的な流れだ。

 そのままの隊列で直線を迎えると、ジョーンズが上体を起こす。上半身の力を全てぶつけるかのように

、激しく手綱をしごき始める。

  

 一方、それとは対照的にエルブランコの優は、馬上に人形が乗っているかのように静止したまま、馬の首の動きに合わせてリズム良く腕を伸ばしている。膝をやや前方に落として馬の重心移動に逆らわないよう固定し、上体を馬の背中と平行になるように畳んで空気抵抗を軽減している。

 時速60~70キロで走る馬の上では、空気抵抗が推進力に与える影響を無視できない。実際、エアロフォームと呼ばれる、体にフィットした勝負服が主流になっているくらいである。思案と試行錯誤の末に優が作り上げたフォームは、『走るのは馬』の理念に基づき、馬の邪魔をしないことを徹底したものだった。


 動と静の対照的な追い方で2頭は競り合う。力量も近い両馬の先頭争いは、ゴールまでもつれた。

 ジョーンズが力感溢れるムチでピンポンダッシュに気合いを入れ、最後のひと踏ん張りを促す。

 対する優はエルブランコを鼓舞するように、リズミカルに丁寧にムチを続けて打つ。


 そしてゴールまであと数完歩のところで、優のフォームが変わる。膝を伸ばし腰を跳ね上げ、背中が垂直に近くなるほど体を目一杯前に投げ出す。そこには、重心を一気に前に動かすことで、馬の推進力にプラスアルファを与える意図が込められていた。



 わずか頭差の接戦だったが、これを制したのは藤平 優の騎乗したエルブランコ。勝ち時計は1分8秒フラットで、上がりの3ハロンは34秒1。

 優にとって久々の勝利は通算7勝目で、初のメインレース制覇となった。嬉しさだけではない、いろんな感情を爆発させた優の体からは、自然と大きなガッツポーズが飛び出した。────騎乗をトレースした桜花賞の菅田と同じように。


 





 

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