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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第1部 少女ときどきジョッキー
30/222

30 追える騎手(2)

 太陽から渡された一枚のDVD。その中に収録されていたのは、16年前のGⅠ桜花賞の映像だった。阪神競馬場の芝1600メートルで行われる、3歳牝馬のクラシック第一弾のレースである。


 このレースの1番人気は、当時弱冠20歳の天才・菅田 満が騎乗する、8枠18番アメノウズメ。どこからでもスッと流れに乗れるレースセンスと、キレ味鋭い末脚でここまで6戦5勝の圧倒的な戦績を残し、単勝1.5倍の大本命の支持を受けていた。


 その対抗馬と見られていたのが、当時騎手として全盛期を迎えていた神谷 太陽の乗るサザンビューティー。気分良く行かせて持ち前のスピードを生かすタイプで、前走でGⅡフィリーズレビューを制して勢いに乗っていた。内枠の2枠4番を引いており、すんなり先行出来れば怖い存在だ。


 レースがスタートすると、阪神競馬場の大観衆から大きなどよめきが起きる。ゲートでゴトゴト暴れていたアメノウズメが、3馬身ほど出遅れてしまったのだ。短距離に属するこのマイル戦で、このビハインドは致命的にも見えた。場内が騒然とする中、太陽のサザンビューティーは内の2番手をスムーズに追走する。


 最後方からのレースを余儀なくされたアメノウズメであったが、鞍上の菅田は馬を素早く最内に誘導すると、馬群を縫うようにジワジワとポジションを上げて行った。若さに似合わぬ冷静なリカバーで、4コーナーでは先頭を射程圏内に入れていた。


 とは言え、ここまで追い上げるために脚を使ってしまったアメノウズメには、苦しい展開である。直線に入ると、サザンビューティーが軽快に飛ばして先頭に立つ。太陽は必死に追いつつムチを入れ、気合いを乗せて一気に後続を突き放す。これは勝負あった、と思われた。

 ところがここから、アメノウズメが驚異的な差し脚を発揮する。粘るサザンビューティーとの差を一完歩ごとに詰め、ゴール板では頭差先着していた。


 大きなガッツポーズで喜びを爆発させる菅田と、一旦は勝利を確信した太陽の呆然とした表情が対照的であった。



 このレースは、名手・菅田の立ち回りの上手さと、アメノウズメの底力の凄さが光ったレースとして語られることが多い。しかし、優の心を捉えたのはそこではなく、菅田の直線での所作であった。

(先生は、この菅田さんの若い時のスタイルを目標にしろと伝えたかったんだ…。)

 菅田は身長171センチあり、騎手としてはかなり長身の部類に入る。体重の制約もあり、鍛えているとはいえ決して力強さを感じさせるタイプではない。その菅田が、苦しい局面から鮮やかに馬の末脚を伸ばすシーンは、小柄で非力な優にも勇気を与えるものだった。

 優はこのレースを繰り返し研究して、力に頼らず馬を動かせるスタイルを模索していた。


「どうだ優。お前なりの道は見えたか?」

 数日後、太陽は優に尋ねた。

「はい、先生。あの桜花賞の菅田さんとアメノウズメは、まさに人馬一体…。私もあんな風に馬を動かすことを目指そうと思います。」

 その言葉に太陽は、優と自分のイメージする理想のフォームが一致したことを理解し、嬉しそうに微笑んだ。


「その意気だ、優。そこで俺からもプレゼントがある。ピンポンダッシュが予定しているあの浜松ステークスだが、うちの期待馬のエルブランコをそこにぶつける。お前が乗るんだ。それまでに新しいフォームの成熟度を上げて、目に物見せてやるんだ、いいな。」

 太陽は、いたずらっぽく笑って見せた。

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