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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第1部 少女ときどきジョッキー
29/222

29 追える騎手(1)

 華々しいクラシックの舞台に思いを馳せる優だが、現状は通算6勝にとどまっており、GⅠ参戦などまだまだ遠い話であった。


 今週は、東京競馬場でGⅠジャパンカップが行われる。美浦トレセンにも外国人の騎手や関係者の姿がチラホラ見られ、国際交流レースらしい様相を呈している。


 そんな中、優は師匠の太陽から、お手馬のピンポンダッシュの乗り替わりの話を伝えられていた。

「来週の中京の浜松ステークスを予定していたピンポンダッシュだけどな、来日中のジョーンズで行くって花村先生から連絡があった。」


 ピンポンダッシュは、優が乗って条件戦を連勝した馬だ。乗り替わりは騎手の常とは言え、はいそうですかとすぐに納得出来るものではない。

「私では荷が重いってことですか…。花村先生は何かおっしゃってましたか?」

 

 太陽は眉をひそめて答える。

「オーナーサイドの意向らしい。このクラスまで来るとさすがに相手も強くなって来るから、万全を期したいと。追えるジョーンズならプラスアルファが見込めると判断したそうだ。…花村先生は濁していたが、女性騎手は非力だから接戦になるとやっぱり差が出るとか、厳しいことも言われたみたいだな。優には申し訳ない、よろしく伝えといてくれと謝っていた。」


 ジョーンズとは、ロビー・ジョーンズ。ヨーロッパを中心に数々の大レースを制しているイギリス人騎手で、現在の世界ナンバーワン騎手と評価されている。ヨーロッパのオフシーズンでもあり、今週から1か月間、短期免許を取得して日本で騎乗することが決まっていた。

 ジョーンズと言えば、安定した騎座からのパワフルな追いが特徴だ。完全にバテたと思われた馬に信じられないような粘り腰を発揮させたり、届かないような位置から矢のような末脚を繰り出したりして、勝利をもぎ取るシーンを何度も演出している。


「先生…。先生は以前、道中正しく導けば最後馬は伸びてくれると教えてくれましたけど、やっぱり腕力を上手く使えば最後の伸びは違うものなんですか?私は女で非力だから…。やっぱり追えない騎手なんですか…ねぇ?」

 道に迷ったような表情で問い掛ける優に、太陽は諭すように言う。

「まあ聞け、優。追える騎手とは何かについて、俺なりの考えを伝えよう。」



「いろんな考え方があるだろうが、俺個人としては“追える”ってのは、馬がトップフォームで伸びるようにきちんと動かすことが出来ることだと考えている。人間の腕力なんて、個人差はあってもたかが知れてる。例えば筋骨隆々の人間が追うだけで、500キロあるような馬がその分伸びるだなんて、俺は思わない。」

 太陽はまず、優の不安を否定するように定義づける。


「でも、追えるって評価されてる騎手のほとんどは、やっぱり派手なアクションでグイグイと馬を動かしてるように見えます。体全体を使って激しく押すたびに、馬が伸びるって言うか…。」

 自らも体を動かしながら、優が反論する。

 

 それに対して太陽は、自分の見解を述べる。

「最近は日本でも、そういうタイプの騎手が増えているのは確かだな。でも若手騎手なんかを見てると、手応えがある時にパフォーマンスとしてやってるのが多いように見受けられる。馬と騎手の動きがシンクロしてれば、自分で動かしているように見えるからな。実際、脈なしと思ったら普通に追ってるようなやつも多いし。まあ、俺はそれを否定するつもりはないがな。騎手は個人営業主だから、関係者にアピールするのも重要な仕事の一つだ。」


「じゃあ先生は、外国人騎手や地方騎手のトップにそういうタイプが多いのも、パフォーマンスの一環だと考えているんですか?」

 優が素朴な疑問をぶつける。

「俺は力で追うことを全否定しているわけじゃないよ、優。恰好だけでただの真似事に過ぎないのを、パフォーマンスだと言ったんだ。もちろん本物はいる。」

 太陽は続ける。

「ヨーロッパの深い芝や地方の力のいるダートなんかで馬を動かすには、それ相応の扶助が求められる。必要に追われてスタイルを突き詰めた結果が、体全体を使ってプッシュするあの形になったんだろう。追うってのはつまるところ、馬に対して脚を伸ばせと指示を送るための扶助の一つだから。動かしにくい馬場で馬を動かすには、強い扶助の方が、指示としては伝わりやすいし、最後の一押しが求められる場面なんかでもそれが生きることもあるかも知れん。もちろんむやみに力任せで押してるわけじゃなくて、重心の掛け方や力の入れ方なんかで、騎手ごとの企業秘密は存在するだろうから、ただ形だけ真似ても意味はないと思うがな。」


「それじゃあ先生は、私も技術の一つとして、力強く馬を追うフォームを身につけた方がいいと思いますか?」

 優は太陽に、自らの進む道を問う。


「最後のひと押しとして取り入れるのなら否定はしないが、お前にとっては得策ではないと思う。あれは筋力云々でなく扶助にアクセントをつけるのがその本質だと思うから、極めれば非力なお前でも可能かも知れん。だが仮にお前が激しいアクションで追うフォームに変えたとしても、他と同じスタイルなら結局、関係者はお前と比べて力のある男の騎手の方を乗せるだろう。お前が非力な女だから追えないと思われてる時点で、同じ土俵で戦っても不利なんだ。」

 そう言うと太陽は、一枚のDVDを取り出した。

「何度も言ってるが、『走るのはお前じゃない、馬だ』、優。馬を動かせるのが追える騎手とするなら、お前はお前に合ったやり方で馬を動かせばいい。このDVDを見て研究してみろ。きっとお前の助けになるだろう。」


 そのDVDに収録されていたのは、ある古いレースの映像だった。


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