27 突破
落馬のトラウマを調教で乗り越えた優は、週末の福島競馬に参戦した。
最初の実戦は、ダート1700メートルで行われる3歳以上500万円以下条件戦。出走馬は15頭。
優が騎乗するのは、追い切りでも乗ったフレイムセイヴァー。福島の未勝利戦を勝った後一息入れ、小倉での復帰戦で5着とまずまずの結果を残し、このクラスでも通用する目途を立てていた。小回り向けの先行力に加え2枠2番の絶好枠を引いたこともあり、単勝4・5倍で2番人気の支持を受けていた。
ライバルと目されるのは、4枠6番カットビキング。3月の優の騎手デビュー戦で激しいハナ争いを繰り広げたあの馬である。その次走の4月の未勝利戦では、すんなり逃げると持ち前のスピードを遺憾なく発揮し、後続に7馬身差をつけて圧勝している。連戦の疲れが出たため長期休養し、ここが復帰戦となっていた。能力は高いものの、ブランクの長さからそれを充分に発揮出来るかが不安視され、単勝は4・2倍にとどまっていた。今回の鞍上は古畑ではなく、仲本 昇。
その帝王・古畑が騎乗するのが、5枠9番ベビーフェイス。新潟の閃光特別で優が騎乗した馬だ。芝の短距離路線を使って来たが成績が頭打ちになっており、血統的に向いているダートの中距離戦に矛先を向けて来たのだ。初のダート戦でもあり、単勝11・1倍で6番人気の伏兵扱いであった。
レースは、予想通りのカットビキングの逃げで始まった。何が何でも逃げたい仲本は、ゲートが開くや否や出ムチを入れて一目散に飛び出す。
対抗馬のフレイムセイヴァーは、五分のスタートを切った。しかし、ハナにこだわるカットビキングのスピードに張り合っては分が悪いと判断した優は、3番手の内を追走して機を窺う。
古畑のベビーフェイスは、距離延長で追走が楽になったのか、今までの待機策から一転、好位につける。そして優の外側にピタリと張り付き、フレイムセイヴァーをポケットに押し込めながら同時に、先頭のカットビキングをマークする。初ダートを苦にしないパワフルなフットワークで、手応えは良さそうだ。
1000メートルの通過は1分2秒1。小回りの福島の1700メートルとしては、平均ペースといったところか。逃げるカットビキングは3コーナーを抜け4コーナーに差しかかるが、馬群の外でベビーフェイスが動かず蓋をしているため、フレイムセイヴァーは外に出せずにそのまま内ラチ沿いで待機を余儀なくされる。
そのままの態勢で直線に入り、本命馬カットビキングが抜け出しにかかる。外のベビーフェイスはまだ動かない。
行き場がなく手綱を押さえたままの優だったが、外から2番手を追走していた馬がカットビキングについて行けず後退したため、左前方にわずかなスペースが出来た。
しかしここで、古畑のベビーフェイスが満を持してスパート。先頭を射程に入れつつフレイムセイヴァーの進路を閉めにかかる。
1頭分あるかないかの狭いスペースだったが、優は一瞬もためらうことなくそこに突っ込んだ。
落馬の恐怖を振り切るためにセッティングされた3頭併せの追い切りだったが、そこで騎手生命を賭けて集中して取り組んだ結果、馬群突破のスキルの向上という思わぬ副次効果を生んでいたのだ。これまでの優では、ここを突破することは出来なかったであろう。
内の仲本カットビキング、外の古畑ベビーフェイスに挟まれ、両足のアブミを微かにかすめるほどに馬体を接しての追い比べ。優は怯まずフレイムセイヴァーを追い続けた。
休み明けの分だけ息が持たなかったか、カットビキングのスピードが鈍る。それを外から抜き去ったベビーフェイス、フレイムセイヴァーの2頭に、勝敗は絞られた。
ゴールまでもつれるデッドヒートだったが、厳しいペースではなかったこともあり、先に抜け出した
ベビーフェイスに頭差及ばず、悔しい敗戦となった。
「よくあの狭いところを抜けて来たな、お嬢。潰したと思ったのにびっくりしたぞ。」
勝者の余裕で、古畑が健闘を称える。優は愛想笑いを返したが、自分が乗っていた馬に勝たれた悔しさもあって、グッと唇を噛みしめた。
奇しくも追い切り同様3頭併せの形になったレースだったが、残念ながら調教のように先頭ゴールインとは行かなかった。




