25 3頭併せ(1)
土曜日の落馬の後、メインレースで開いたスペースを突けずに敗れた優は、翌日曜日も精彩を欠いていた。馬群の外を回す消極的な安全策に終始し、全ての馬で人気を下回る結果に終わった。
「来たか、優。ちょうど俺からも話そうかと思っていたところだ。」
福島でのレースを終え帰宅した優は、すぐに家主で師匠の太陽を訪ねた。
「今日のレース、守りに入ってばかりだったな。昨日の落馬が尾を引いてるんだろうが、死んじまったのは気の毒だが不可抗力だし、お前のせいじゃないぞ。また馬が壊れるのが怖いのか?」
「いえ、そうじゃありません。確かに驚きましたし、凄いやるせなさでいっぱいなんですけど、でも馬主さんや厩舎スタッフの悲しみに比べれば、私のショックなんて…。」
「じゃあやっぱり、落ちるのが怖いのか。」
太陽は核心を突いた。
「あの時、ほんの少し左に落ちてたら、私死んでました。目の前に後続の蹄が落ちて来た瞬間、心臓が止まりそうなほどびっくりして、全身の毛穴が開くような、嫌な感じがして、それで…。」
「昨日のメインで最後引いたのも、それでか。」
「頭では行かないと、と分かっているんです。だけど、どうしても体が動かなくて、駄目なんです。先生、私どうすれば…。」
優は、縋るような気持ちで太陽に助けを求めた。
「落馬して乗れなくなって、騎手を辞めたやつは山ほどいる。俺の同期にもな。」
「…私に、馬を降りろってことですか?」
突き放すような太陽の言葉に、思わず優は問い返す。
「まあ聞け。俺みたいに怪我で乗れなくなったわけじゃないだろう、お前は。ただな、心に負った傷ってのは厄介なんだ。落馬の恐怖が染み付いて馬群を避けるようになった騎手なんて、乗せたがる関係者がいると思うか?」
太陽が落馬負傷が元で騎手を辞めたことを思い出し、優は沈黙した。
「今は見切られるのが早い厳しい時代だからな。お前がこのまま安全運転で馬の力に頼った騎乗を続けてれば、あっという間に干されるだろうよ。結局、騎手を続けたいならお前自身が解決する他ないんだ。」
そして水曜日の追い切り。美浦トレセンのウッドチップコースに、神谷厩舎所属の競走馬3頭が入って来た。その馬上には、太陽と太一、そして優の姿があった。
「いいか優。今から3頭併せで追い切る。お前は後ろで追いかけて、先行する俺たちの間を追い抜くんだ。調教でさえ馬群を克服出来ないようなら、実戦では話にならない。これで間を割れないようなら、騎手を諦めるくらいのつもりでやれ。いいな。」
「はい、先生。」
太陽と太一の2頭が並走し、3馬身ほど後ろから優が追走する。そしてコーナーを回って直線に入ると、優が手綱をしごいた。
先行2頭の間には、1頭半ほどのスペースが開いている。
(充分な間隔がある。これなら!)
優が突っ込もうとしたその瞬間、外を走っていた太陽が僅かに馬体を内に寄せる。優の鼓動が急スピードで高鳴る。それでも馬1頭が抜けるだけの余裕はまだ残っている。
(行け、行くんだ、私!)
────馬の鼻面が入ろうかというタイミングで、優は手綱を引いてしまった。




