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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第2部 少女のちジョッキー
216/222

216 日本ダービー(6)

 栄光のゴールを視界にはっきりと捉えながら、完全に脚が上がってしまったストロングソーマ。


 力尽きた愛馬に対してこれ以上の頑張りを要求するのが酷に失するものであると、優には痛いほど分かっていた。それでも、ストロングソーマの馬券を買ってくれた人や応援してくれているファン、そして相馬オーナーを始めとする関係者の存在が、このゴール直前でレースを投げることを許してはくれない。

 愛情と義務の板挟みの中で彼女に出来るのは、苦しがって内にもたれる挙動を手綱で修正しつつ、最後まで走り抜く意思を切らさぬように、握った右ムチを見せムチにすることくらいであった。



 ゴールまで残り100メートル付近。目に見えて失速したストロングソーマを交わして先頭に立ったのは、日本ダービー史上初めて参戦した外国馬、マルコポーロであった。ぬかるんだ馬場でもたつくスルスミを尻目に鋭く伸びる末脚は、さすが重厚な欧州競馬の重賞ウィナー。日本向きの軽さを兼ね備えた馬をチョイスしたとは言いながらも、このタフな馬場をこなせる資質は十二分に備わっていた。

 

 普通ならこのタイミングで抜け出せば勝ったも同然のところであるが、このレースは到底普通ではない。超の付く極悪馬場でテンから激しい主導権争いが続いたことで、各馬の体力は騎手たちの想像以上に失われ、結果先に動いた者から脱落して行くチキンレースの様相を呈していた。

 後続馬群の中でいち早く先頭を追い掛けスパートしたマルコポーロも、その例外ではなかった。抜け出すや否や手応えが怪しくなると、鞍上ジョーンズの懸命の檄も空しく、後ろで脚を溜めていた2頭にあっさりと逆転を許した。


 代わって先頭に躍り出たのは、最強牝馬ニンリルとこれをマークするインドラ。同じ位置にいたGⅠ馬エナジーフローは、ぬかるんだ馬場で充分なグリップを確保出来ずに、トップフォームに入らないまま伸びあぐねている様子。レースの決着を見守る大観衆の視線は、この2頭に注がれた。


 パワフルな血統背景と絶対的な能力の高さでここまで走り抜いて来たニンリルであったが、この馬の本領は疾風のような一瞬の切れ。この馬場でその最大の武器を奪われてしまった上に、決してスタミナ豊富なタイプでもない。ギリギリまで追い出しを我慢したのが功を奏してこの優勝争いに加わっているものの、余力などありようもない。

 対してインドラは、まるで水かきが付いているのではないかと思わせるほどの道悪巧者。加えて不器用なこの馬にとって、東京芝2400メートルの大箱はぴったりの舞台。これまで不完全燃焼なレース運びに泣かされることが多かった同馬だが、かつて世界一とも称された名手ヴェットーリの手綱で、このゴール前まで極めてスムーズに進んで来た。


 残り50メートル。粘るニンリルを振り切り、インドラが満を持して先頭に立った。今年のダービー馬はインドラだ!



 ───そう思われた刹那、視界の下端に飛び込んで来た一筋の馬影。

 道中のキックバックで前面泥塗れになりながらもなお、黄金色に輝くその馬体は見紛うはずもない。一度は勝負圏外に去ったはずの最強馬、ゴールドプラチナムだ‼

 馬場の真ん中で激しく首位を争う他馬が、まるで止まっているかのような末脚一閃。外ラチ沿いを真一文字に駆け抜けると、ゴール板通過時には並ぶ間もなく1馬身ほど突き抜けていた。


 

 実のところ、他馬は止まっているように見えたのではなく、本当に止まっていたのだ。

 

 ゴールドプラチナムが行ったのは、いわゆるレースの流れの外からの追い込みである。

 返し馬の時点で馬場を確認した陽介は、最低限のグリップを確保すべく、直線全体を見渡して一番荒れていないコースを模索していた。日中のレースや返し馬に使われて、ほぼ全面荒れてしまっている芝コース。その中で目立って掘れ方が少なかったのが、外ラチから2~3頭分辺りのレーンであった。幅にして馬1頭半ほどの狭いスペースではあったが、ゴールドプラチナムの類い稀なボディバランスと、体幹強化により全く左右にぶれることのない陽介の騎乗フォームが合わさって、この蜘蛛の糸のようなヴィクトリーロードを走り続けることを可能にしていた。


 とは言え、このような乾坤一擲の戦法は通常、おいそれとは決まらない。正攻法では勝ち目が薄いと判断して決め打ちで脚を溜めるケースは時々見られるものの、目を見張るような凄い脚で飛んで来るも勝負からは蚊帳の外というパターンが大半である。ましてやゴールドプラチナムは、ほぼ外ラチ沿いまで持ち出すという大きな距離ロスを発生させている。

 このダービーでゴールドプラチナムの直線一気が届いたのは、無論陽介の計算通りなどではなく、偶然の積み重ねに過ぎない。テグザーとマッハマンの逃げ争いに始まり、ストロングソーマ、テムジン、ライディーンのロングスパート。それを追い掛けたマルコポーロの、ストロングソーマの粘りに反応した早仕掛け。不良馬場でペース判断が困難な状況で、皆が勝ちに行く過程で様々な事象が前掛かりの展開を誘発し、結果として全馬がオーバーペースに陥ったのである。


 勝ち時計2分37秒0、レースの上がり3ハロン44秒8。日本ダービーの歴史に残るであろう消耗戦の末に、上がり3ハロン40秒6の「豪脚」で差し切ったゴールドプラチナムが、無敗での二冠制覇を達成した。

 口さがない人は、いくら何でも外に出し過ぎ、普通に乗っても勝てた、勝てたのは結果論に過ぎないなどと陽介を批判するかも知れない。それは正しいかも知れないし、間違っているかも知れない。

 それでも、競馬は結果が全てのスポーツである。タラレバを検証することなど不可能だし、不毛である。道悪で苦しむゴールドプラチナムを結果として勝利に導いた陽介だけが、騎手としての栄誉と称賛を手に入れることが出来る。ただそれだけのことである。



 レースの方は、ゴール寸前で交わされたインドラが2着、4分の3馬身差でニンリルが3着。外国馬マルコポーロは、さらに1馬身半遅れた4着に終わった。

 そこから更に2馬身後方。ラスト100メートルを完全に歩いてしまったストロングソーマは、遅れて追って来たスルスミ、エナジーフローともつれるように入線。写真判定の結果、着順掲示板の一番下に点灯したのは7の数字。


 ストロングソーマは5着となり、優は女性騎手として初めて日本ダービーの掲示板にその名を刻んだ。



日本ダービー 最終リザルト


1着 5番 ゴールドプラチナム 神谷

2着 1番 インドラ      ヴェットーリ

3着 4番 ニンリル      菅田

4着 18番 マルコポーロ    ジョーンズ

5着 7番 ストロングソーマ  藤平

6着 17番 エナジーフロー   ロベール

7着 2番 スルスミ      田崎

8着 9番 ライディーン    福山

9着 13番 テムジン      ジョバンニ

10着 6番 フレイムハート   多田

11着 16番 ブルーゲイル    三田村

12着 3番 ドンヴォルカン   川越

13着 8番 ポテンショメータ  杉山

14着 12番 マイフェイバリット 屯田

15着 14番 ダンシングヒーロー ウィルソン

16着 10番 ローリングサンダー 中田

17着 15番 マッハマン     蟹田

18着 11番 テグザー      棚田


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