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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第2部 少女のちジョッキー
214/222

214 日本ダービー(4)

 序盤から飛ばしに飛ばしたテグザーとマッハマンだったが、後続からのプレッシャーを受けて息を充分に入れることが出来ないまま、あえなく失速。代わって先頭に躍り出たのはストロングソーマ、テムジン、ライディーンの3頭であった。


 これを追い掛ける立場の有力各馬は、3コーナー手前でストロングソーマが最初に動いた時点でもなお、静観の立場を貫いていた。この判断を導いた要因は、馬群の前と後ろに存在した。


 前に関しては、奇襲を掛けた格好の先頭3頭のペースと立ち位置。

 大逃げの2頭から離れた位置を追走していたとは言え、3頭目のスルスミ以下のペースも決して緩いものではない。多くの騎手はそう感じていたのだ。極悪馬場でペースの体感自体は難しくても、自らの騎乗馬の息遣いや手応えから、ここまでの消耗度をある程度推し量ることは出来る。いくらラップが落ちた地点で押し上げたと言っても、ゴールまで脚を残すには動き出しが幾分早過ぎるのではないかと。

 さらに、ストロングソーマとライディーンは皐月賞でそれぞれ6着、10着と実力不足、テムジンは本質的にマイラーで距離疑問と見られており、行かせた所でさほど脅威には当たらないと思われていた。


 一方、後ろに関しては、言わずと知れた大本命馬ゴールドプラチナムの存在である。

 この不良馬場では当然ながら、切れ味を削がれて追い込むのが難しい。それでも、ゴールドプラチナムが最後方に構えている以上、そこからでも突き抜けられるだけの勝算があるのではないか。これまで積み重ねて来た圧倒的な勝利の残像が、勝利を意識するライバル馬の騎手たちを警戒させ、否応なしに釘付けにしてしまっていた。


 とは言え、いつまでも動かないままではレースが終わってしまう。依然として殿を追走するゴールドプラチナムに見切りを付けて、マークを切り替える馬が現れ始める。


「陽介が促しながらの追走で、馬もノメりっ放しの様子。これはないかな、と」(田崎)

 動きのない人気馬たちにしびれを切らして、3頭にパスされたスルスミが追撃を開始する。


 これに合わせて進出を開始したのが、外国馬マルコポーロ。

「ゴールドプラチナムはこの馬場に適応しているように見えなかった。馬場も重いし、前を楽に行かせ過ぎると危険だと判断した」(ジョーンズ)

 道悪競馬が当たり前のヨーロッパを本拠地にしているジョーンズは、ゴールドプラチナムの走法ではこの不良馬場で実力を発揮させるのは不可能だと感じていた。日本向きのスピードとヨーロッパ向きの力強さを兼ね備えた異国からの挑戦者が、ストロングソーマたちと同様に荒れたインをショートカットしながらスルスミを追い掛けて行く。


 対照的に、ニンリル、エナジーフロー、インドラの上位人気勢はまだ動かなかった。

「馬場は意識していたが、一瞬の脚を活かすためにギリギリまで動き出しを我慢しようと思っていた。この距離はこなせてもベストではないから」(菅田)

「ニンリルとインドラが近くにいたから、動くに動けなかった。下を気にしていたのか手応えもあまり良くなかったしね」(ロベール)

「水かきが付いているのではないかと思うほど馬場にフィットしていた。ゴールドプラチナムの行きっぷりが良くなかったので、相手をニンリルに絞った」(ヴェットーリ)


 そして、実力や適性でふるいに掛けられ、この時点でサバイバルレースから脱落して行く馬たちもいた。


 青葉賞を制したドンヴォルカンであったが、初めて経験する道悪での競馬に嫌気が差したか、あるいはデキ落ちがあったのか。ペースアップに対応出来ずに位置取りを悪くしてしまう。

「田崎さんに付いて行こうと思ったが、馬場を気にしていたのか反応が良くなかった。長距離を連戦した反疲れもあったかも」(川越)

 

 ダンシングヒーロー、マイフェイバリット、ローリングサンダーの先行3騎は、直線を待たずしてズルズルと後退して行く。

「いい位置に付けられたが、ここではちょっと家賃が高かったかな。4コーナーではもう一杯一杯だった」(ウィルソン)

「前に行けたけど、重い馬場で消耗して4コーナーで手応えを失くしてしまった。道悪で2400は少し厳しかったかな」(屯田)

「馬場は問題なかったけど、終始激しく引っ掛かって競馬にならなかった。やっぱりマイル辺りがベストだね」(中田)


 フレイムハート、ポテンショメータ、ブルーゲイルの3頭は、残念ながら良馬場でこその切れ味特化タイプ。首位争いに参加することすら許されずに、後方のまま伸びを欠いてレースを終えて行く。

「馬場が全て。かわいそうな競馬になってしまった」(多田)

「ノメってしまって、追走だけで手一杯。良馬場で走らせたかったです」(杉山)

「切れ味は世代でも上位の存在だけど、」(三田村)


 そして、問題のゴールドプラチナムであるが、脱落馬をパスして自然とポジションを上げて行く。追走に苦労しながらも、人馬ともにレースを投げている様子はない。

 

 この日本ダービーにおける追い込み馬の、昔ながらの勝利の方程式は、道中インでじっとして脚を温存しつつ、4コーナー出口からの遠心力で直線的に馬場の外側へと持ち出すというものだ。馬場が高速化した現代競馬では、内を上手く立ち回った馬に対して後手を踏むケースも多くなったが、内が荒れているこの日の馬場では極めて有効なライン取りであろう。

 

 最内の荒れ馬場を避けながらも内側ギリギリのコースを走り続けて来たゴールドプラチナム。4コーナーから鞍上の陽介の腕が激しく動くと、勢い良く外へと膨らんで行く。いよいよ逆襲開始か。スタンドが今日一番のレベルで、ドッと沸く。

 ところが、加速し始めたはずのゴールドプラチナムがどうしたことか、そのまま尋常でない勢いでスタンド側に向かってぶっ飛んで行くではないか。外ラチに突っ込んでしまうのではと心配になるほどに……。これは───逸走!?


 大歓声はつんざくような悲鳴へと変わり、ゴールドプラチナムの姿はスタンドからも、テレビ中継からも、そしてライバル馬に騎乗する騎手たちの意識からも、文字通りフレームアウトした。

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