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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第2部 少女のちジョッキー
213/222

213 日本ダービー(3)

 先頭は向こう正面に到達。快速馬マッハマンを引き連れて逃げを打つテグザーは、最初の1000メートルを59秒5で駆け抜けた。

 この数字は、芝2400メートルなら良馬場でも速い部類に入るものだが、日本ダービー史上最悪ではないかと思われるほどたっぷりと水分を貯えた現在の芝コンディションを加味すると、まさに破滅的。とてつもないハイペースであろう。


 自分の形に拘ったテグザーと、それに付き合う格好でスピードに任せた走りを見せるマッハマン。この2頭から現在7馬身ほど離された3番手以下の騎手たちも、前が飛ばし過ぎていることは分かっていた。とは言え、ペース判断を狂わせるほどの不良馬場での追走だ。それを追い掛けている自分がどれだけのペースで走れているかについては、誰一人として確信を持てずにいた。


 それでも、このままハイラップを刻み続けて2400メートルの長丁場を乗り切れるはずはない。逃げるテグザーの鞍上・中田は、ここからラストに少しでも脚が残せるよう、遅ればせながら息を入れようと試みる。12秒前後で推移して来たハロンごとのラップがじわりと緩み始めるのが、後続の騎手にも体感で伝わる。

 2番手のマッハマンも、元々無理に抑えることなく馬の行く気に任せて走らせている上に、緩い足下に気を取られることで逆に折り合いが付いていたため、スムーズに減速。そこから後続各馬もドミノ倒しのようにペースを落として行き、これまでとは一転してレースの流れが落ち着こうとしていた。


 通常ならこのペースが緩んだタイミングで動こうとする人馬が出て来そうなものだが、今回それは見られなかった。一つには前の2頭のオーバーペースによる失速が目に見えていたこともあるが、それ以上に手探り状態の中で少しでも余力を残したいという騎手心理がこの場を支配していたことが大きい。

 

 そうしてハロンラップが12秒半ばから13秒台へと推移する中、馬群は勝負所の3コーナーに差し掛かろうとしていた。ここからレースは激しい動きを見せ始める。

 

 最初に動いたのは、ストロングソーマの優だった。雨で大きく掘れて傷んでいるために各馬が避けて回っていた、最内の3頭分ほどのスペース。その一番外側のレーンに愛馬を誘導すると、少しだけピッチを上げ始める。相変わらず瞬発力に欠けるきらいはあるものの、様々なレース経験を積んだことで、チェンジオブペースへの対応力は上がっている。エンジンを全開にさせることなく、少しだけ吹かしながらポジションを上げて行く。


 この内からの進出もやはり、師匠の太陽と練り上げた作戦であった。東京競馬場芝2400メートルのコース形態に加えて、誰もが勝利を渇望する日本ダービーという特殊な環境を考えると、向こう正面から3コーナーにかけてのポイントで一旦ラップが落ち着くのは自然なこと。ただし、そこで広がった馬群の外を回してしまっては、よほどのスローペースでない限り最後まで脚を持たせるのは難しい。

 しかしながら、ここでぽっかりと空いているインの荒れ馬場は、当然ながらビクトリーロードなどではない。走り続けることで馬のスタミナは浪費されるし、馬場の良い所を選んで走った他馬に伸び負けしてしまう。実際、大レースで荒れたインを突く奇襲が決まるのは、そこが他騎手の想定ほど荒れていなかったケースが大半である。

 そんな状況でストロングソーマにここを走らせるのは、あくまでも一時的なショートカット目的。本来ダート馬としての適性が高い同馬には、この掘れた馬場でのスタミナロスを他馬に比べて少なく抑えられるだけのパワーがある。荒れ馬場の中でも比較的ましな馬場状態の外側を走らせて早めに先頭に立ち、コーナリングの遠心力で4コーナーから直線は馬場の良い所を走り抜ける。これが優と太陽の描いたレースプランであった。


 2400メートルの距離に不安を抱えるストロングソーマにとって、前半出来るだけ脚を溜めてペースが緩んだ所で動くというこのレース運びは、勝利への必要十分条件と言えた。しかしながらこのダービーの大舞台、当然ながら彼女一人だけに出し抜けを許すほど甘くはない。

 全く同じVプランを抱いていたのが、ストロングソーマと同様に芝ダート両方をこなせる上に距離不安を抱える、無敗のGⅠ馬テムジン。鞍上はイン突きには定評のあるジョバンニだ。

「内からストロングソーマをコーナーワークで外に弾いて、狙ったコースを取るつもりだった」(ジョバンニ)

 テムジンはストロングソーマの飛び出しに素早く対応すると、1頭分内に潜り込んでサイドバイサイドの体勢を取る。3~4コーナーの中間地点、ここで、レースを引っ張って来たテムジンとマッハマンの2頭がスタミナ切れか一気に脚を失い、まるで糸が切れた凧のようにズルズルと後退して行く。代わって早め先頭に立ったのが、内を並走するテムジンとストロングソーマ。


 するとそれを待っていたかのように2頭の外から被せて来たのが、福山が駆るライディーン。3頭が横並びの状態から、ジョバンニとは逆に2頭を内の荒れ馬場に押し込めて自分が有利なコースを取ろうと目論んでいる様子。虫も殺せぬような優しい顔をしながら、実に嫌らしい戦術を採って来るものである。

「内から2頭が手応え良く抜け出して来たから、これに併せようとマークを切り替えた。勝負根性が武器の馬だから」(福山)


 ストロングソーマとテムジンを発射台にして、直線で抜け出しを図る福山。そうはさせじと内から圧を掛ける優とジョバンニ。このレース2度目の先頭争いは、3人の思惑とともに時折アブミがぶつかって音を立てるほどに熾烈なものとなった。押し合いへし合いで馬体を接したまま、3頭は直線へとなだれ込んで行く。

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