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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第2部 少女のちジョッキー
208/222

208 ダービーウィーク(2)

 ストロングソーマの追い切りを終えて休憩所に向かおうとする優のもとに、一人の女性が駆け込んで来た。親交のある女性記者の冴だ。

「あ、いた!優ちゃん、さっき坂路で追い切ったワイネルワイバーンだけど、調教後に歩様が乱れたの。どうも左前脚の筋をやっちゃったみたいで、その場で回避が決まったって。……出られるよ、ダービー!」


 その一報を聞いた時の優は、何とも間が抜けた顔をしていたという。もちろんあまりにタイミングのいい朗報に一瞬思考停止してしまったのもある。しかしそれ以上にその脳裏に浮かんだのは、あれほど焦がれたダービーに出られる喜びよりも、この一戦に懸けていたワイネルワイバーン陣営の心中であった。

 ダービーの出走馬18頭に名を連ねるのは、それだけで特別なことなのだ。ほぼ手中に収めていたその栄誉が、最後の最後でするりとこぼれ落ちてしまった落胆は、甚大なものに違いない。


 せっかく冴が速報してくれたのに返す言葉が見つからない優が黙り込んでしまった時、ちょうどそのワイネルワイバーンの主戦騎手である増岡が引き揚げて来た。


「どうした、辛気臭い顔して。せっかくダービーに乗れるんだから、素直に喜んどきな。リタイアした人たちの分までなんて気負う必要はないけど、、馬にとっては一生に一度の晴れ舞台だから、悔いの残らないようにしっかり乗って来いよ」

 直前で乗り馬を失って悔しくないはずがないのに、こうして後輩を気遣った言葉を掛けてくれる。そんな先輩の優しさに胸が一杯になった優は、不意にその場で泣き崩れてしまった。

 

 こうして、優とストロングソーマのダービー参戦が滑り込みで決定した。女性騎手初の日本ダービー騎乗という歴史的な出来事が実現したこの日であったが、涙の止まらなかった彼女は結局、コメントを残すことは出来なかった。 


 そして翌日の木曜日。枠順確定を午後に控えたこの日、皐月賞馬ゴールドプラチナムの騎手である陽介は、朝から降り続く雨空を見上げていた。

(そう言えば競馬学校の入学式の時も、こんな感じの雨が降っていたな……)


 狭き門を突破した騎手候補生たちが勢揃いした、5年前の入学式。

 新入生の中でも飛び抜けた技量を誇り、大騎手である太陽の息子としてネームバリューも抜群の陽介に対して、対抗意識を燃やす者ややっかみじみた感情を隠せない者もいた。

「環境に恵まれてるやつはいいよな。二世だから卒業後も安泰だろうし」

「俺はこんなに苦労して入ったっていうのに、騎手の息子だと当たり前のように合格するんだな。えこひいきされてんじゃないのか」

 父と同じ騎手の道を志した以上、こうした負の感情をぶつけられることも当然覚悟している。それでもこうも聞こえよがしに愚痴られてしまうと、気分がいい訳がない。

 

 そんな少々げんなりしている中で、陽介はある女性候補生と出会った。

「神谷君のお父さんって、あの神谷 太陽さんなんだってね。あの有名騎手の子供ってだけで物凄い期待をされちゃうだろうし、私だったらきっと耐えられないよ。それに馬乗りも凄く上手だし、凄く訓練を積んでるんでしょう?凄いなって思う。私も負けないように頑張るから、これからよろしくね」

 それは、乾いた広い砂漠の中でオアシスを見つけたような幸福感だった。曇ったフィルター抜きで生の自分を見てくれることがこんなに嬉しいことだとは、自分でも分かっていなかった。思えばこの時から彼女に惹かれていたのだろうと、陽介は懐かしく振り返った。


 その後、彼女が騎手を目指したきっかけが父・太陽の勝ったダービーであることを知り、自然と会話する機会が増えて行った。そして一緒に競馬学校を卒業して同期の騎手としてデビューし、現在に至る。その彼女も参戦するこのダービーで、大本命馬に騎乗する大チャンスを貰ったのだ。

 陽介は、以前から決めていた。日本競馬を代表するビッグレースである、ダービーと有馬記念。そのどちらかに勝てたら、一人前の騎手として彼女に想いを伝えることを。

 

 

 この日の午後2時。今年の日本ダービーの枠順が決定した。


第2回東京競馬最終日 第11レース 東京優駿(日本ダービー) 

(GⅠ 3歳オープン 定量 牡馬57キロ 牝馬55キロ 芝2400メートル)


1枠1番 インドラ      牡 57キロ ヴェットーリ     


1枠2番 スルスミ      牡 57キロ 田崎 


2枠3番 ドンヴォルカン   牡 57キロ 川越


2枠4番 ニンリル      牝 55キロ 菅田


3枠5番 ゴールドプラチナム 牡 57キロ 神谷


3枠6番 フレイムハート   牡 57キロ 多田


4枠7番 ストロングソーマ  牡 57キロ 藤平 


4枠8番 ポテンショメータ  牡 57キロ 杉山


5枠9番 ライディーン    牡 57キロ 福山


5枠10番 ローリングサンダー 牡 57キロ 中田


6枠11番 テグザー      牡 57キロ 棚田


6枠12番 マイフェイバリット 牡 57キロ 屯田


7枠13番 テムジン      牡 57キロ ジョバンニ


7枠14番 ダンシングヒーロー 牡 57キロ ウィルソン


7枠15番 マッハマン     牡 57キロ 蟹田 


8枠16番 ブルーゲイル    牡 57キロ 三田村


8枠17番 エナジーフロー   牡 57キロ ロベール


8枠18番 マルコポーロ    牡 57キロ ジョーンズ  



 

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