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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第2部 少女のちジョッキー
207/222

207 ダービーウィーク(1)

 比較的天候に恵まれ、芝コースも絶好のコンディションでの開催が続いて来たこの春競馬であったが、大一番とも言える競馬の祭典・日本ダービーを控えた今週、にわかに雲行きが怪しくなり始めた。


 気の早い梅雨前線が本州の南岸を窺い、週間天気予報にも雨マークが目立ち始めた。とは言え、週明けの時点では極端な降水量は見込まれてはおらず、何とか良馬場で開催されるのではないかという予想が大勢を占めていた。


 一年でも一番の盛り上がりを見せるこの週、美浦・栗東の両トレセンも多くのマスコミ関係者で賑わっており、お祭りらしい華やかな雰囲気を醸し出していた。


 週中の水曜日は、出走馬の大半が最終追い切りを敢行するため、各馬の動きをチェックすべく記者たちの視線はモニターに釘付けとなっていた。


 不動の大本命馬・ゴールドプラチナムは、先週で実質の最終追い切りを済ませているため、ウッドチップコースをサラッと流す静の調整に終始した。それでも、柔らかい身のこなしでありながらはち切れんばかりに良質の筋肉を纏ったその姿は、充実一途でその実力を万遍なく発揮出来る状態にあることを雄弁に物語っていた。


 その他の有力馬たちも概ね順調な調整ぶりをアピールする中、報道陣の注目を集めたのは、日本ダービー史上初めて参戦した外国馬・マルコポーロであった。

 同馬はアイルランドを本拠地とする世界屈指のオーナーブリーダーであるクールポコグループの所有馬であるが、銀河系軍団とも呼ばれるその豪華なラインナップの中では地味な戦績であり、2歳時のGⅢ勝利とGⅡ2着1回、GⅠ3着1回が目立つくらいだ。


 ところが、東京競馬場の芝コースで追い切られたマルコポーロの走りっぷりを見た記者たちは、度肝を抜かれた。欧州馬らしい筋肉の鎧を纏った重厚な馬体から繰り出されるフットワークは、豪快でありながら素軽さを感じさせる、傍目にもスピードとパワーを兼備したものであり、それはトップサイアーであるダヴィンチ産駒にありがちな鈍重さを微塵も感じさせないものであった。


 そしてヨーロッパでもシーズン真っ最中であるにも関わらず、何とクールポコのメインステイブルを取り仕切る名伯楽エイダン・オサリバン本人が来日。共同記者会見で自らスポークスマンを務めて語ったその内容からは、今回の遠征の本気度と自信が垣間見えた。

「この馬はうちの管理馬たちの中でもとりわけ軽さを感じさせる走りを見せており、以前からこの日本で走らせてみたいと思っていたんだ。もちろんゴールドプラチナムが素晴らしい馬なのは知っているが、この馬のポテンシャルの高さなら好勝負になると思っている。天気予報が下り坂なのも、我々にはアドバンテージになるだろう」


 そんな主役たちの陰で、ストロングソーマも優を背にいつものウッドコースへと駆けて行った。

 調教パートナーは、ダービー当日の最終レース・目黒記念で戦列復帰するソーマナンバーワン。こちらには助手の太一が跨り、厩舎のエースである兄弟2騎による豪華な併せ馬が実現した。

 

 1秒ほど先行するソーマナンバーワンをストロングソーマが追い掛ける形で、追い切りがスタート。

 優の本気追いで一完歩ごとにスピードを乗せて行くストロングソーマが、みるみるうちに差を詰めて行く。休養明けでまだ馬体に緩さの残るソーマナンバーワンを一気に抜き去るかと思われたが、ここから同馬がまるで兄貴の意地を見せるかのように抵抗。馬体をびっしり併せての追い比べが続き、両馬譲らず併入かという所で、ガッチリとハミを取ったストロングソーマがグイっともう一伸び。ゴールでは首差先着という結果に終わった。


 この最終追いから感じられたのは、操縦性、反応、勝負根性といったストロングソーマの弱点が大きく改善されたこと。秋のデビューから調教とレースで試行錯誤を繰り返して来たことが、ここに来てようやく実を結びつつあったのだ。

 そして、この調教には隠された意図があった。それは、今回のダービーでは本来の戦法である先行策を採らないということ。本質的に中距離馬のストロングソーマには、東京の芝2400メートルを押し切れるだけのスタミナの裏付けがない。前半で大きく息を入れないとゴールまで脚を持たせることは出来ないであろうという見解で、太陽と優は意見の一致を見た。その後のレース運びについては、馬場状態などを踏まえた上でぎりぎりまで検討を続けることとなった。


 調教を終えて引き揚げる優は、馬上から愛馬の仕上がりの良さを肌で感じていた。

(この子をダービーに出してあげたい。でも──)

 ストロングソーマが出走を果たすためには、本番を予定している18頭のいずれかが回避しなければならない。他陣営の不幸を願うなんて良くないと思いつつも、彼女はそれを祈らずにはいられなかった。


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