201 天皇賞・春
体調不良で更新が遅くなってしまって、すみません。
世間がゴールデンウィークで賑わう日曜日、京都競馬場では伝統の長距離戦、春の天皇賞が行われる。
第3回京都競馬4日 第11レース 天皇賞(春)
(GⅠ 4歳以上オープン 定量 芝3200メートル)
1枠1番 エースインザホール 牡4 58キロ 蟹田
2枠2番 アイノエゴイスト 牡6 58キロ 杉山
3枠3番 ダイヤモンドダスト 牡4 58キロ 神谷
3枠4番 ワイネルエスターク 牡7 58キロ 増岡
4枠5番 プレタポルテ 牡5 58キロ ロベール
4枠6番 アラマイヤディンゴ 牡5 58キロ 屯田
5枠7番 ブラックジョーカー 牡4 58キロ 棚田
5枠8番 セイショウハナブサ 牡4 58キロ 福山
6枠9番 ケイエムオトコマエ 牡7 58キロ 多田
6枠10番 ハードデイズナイト 牡5 58キロ 菅田
7枠11番 ザゴリラ 牡4 58キロ 藤平
7枠12番 セイショウニチリン 牡8 58キロ 川越
8枠13番 ヒゲダンサー 牡4 58キロ 三田村
8枠14番 フェノバルビタール 牡4 58キロ 田崎
長距離路線の空洞化に伴いフルゲート割れも珍しくなくなったこのレース、今年は上位陣が強力と見られていることで着狙いの条件馬の登録も少なく、出走は計14頭にとどまった。
例年の傾向通り、この春の京都コースの芝はまさに超高速。上がり3ハロン33秒台が当たり前のように飛び出し、レコードに近い好タイム決着を連発していた。
開幕2週目の速過ぎる馬場は、必然的に前に行った馬が止まりにくい状況をもたらし、それは同時に距離ロスのない内を通った馬が断然有利となることを意味する。スローペースになりがちな天皇賞では、その傾向がより顕著になる。
上位人気はダイヤモンドダスト、エースインザホール、プレタポルテ、ザゴリラ、フェノバルビタールの順。優の騎乗で連勝中のザゴリラだったが、他の人気馬に比べて実績の乏しい鞍上が不安視されたこともあって、ロベールのプレタポルテに次ぐ4番人気となった。
関西GⅠのファンファーレが流れ、雄叫びのような大歓声の中で各馬がゲートインを済ませて行く。
ハナを争うと見られているのは、テンのスピード的にダイヤモンドダスト、ブラックジョーカー、ザゴリラの3頭。前有利のバイアスはジョッキー心理にも当然刷り込まれているものの、スタートから押してリズムを崩してしまうと16ハロンの長丁場を乗り切るのは容易ではない。少しでもいいスタートを切って自然と
前に付けるべく、3頭の騎手は馬を落ち着かせつつその時を待つが、そのうちの一頭、ブラックジョーカーの駐立が不安定だ。首を上下に振って時折立ち上がるような、怪しい挙動を見せている。
果たしてゲートが開くと、ブラックジョーカーはタイミングが合わずにアオり気味のスタート。それを尻目に内からダイヤモンドダスト、外からザゴリラの2頭が馬群からポーンと飛び出して先頭を窺う。
この2頭の先行力に、大きな差はない。だがここまでの臨戦過程を比べると、中距離の大阪杯を叩いたダイヤモンドダストに対し、ザゴリラは3000メートル以上の長距離戦を3戦連続で使って来た。これが微妙な勢いの差を生み、ダイヤモンドダストが行きっぷりで勝る。内外の枠の差もありザゴリラの優が控えたことで、並びが決まった。
少し離れた3番手には何と、予想外の好スタートを切ったエースインザホールが付けた。鞍上の蟹田もこれは想定外だったものの、この馬場状態で無理に抑えるよりも好枠を生かした方がいいと、即座の判断で作戦を切り替えての好位追走となった。
4番手は、ゲートで後手を踏んだものの、スピードの違いで自然と押し上げて来たブラックジョーカー。差なくヒゲダンサー、フェノバルビタールが続いて、その直後のアイノエゴイストまでで一団を形成している。
その後方は2~3馬身ほど切れて、ワイネルエスターク、アラマイヤディンゴ。プレタポルテはその後ろ、セイショウニチリンの内のラチ沿いで、じっくりと折り合いに専念して自分の競馬に徹している。
さらに2馬身ほど開いて、セイショウハナブサ、ケイエムオトコマエ。ハードデイズナイトが殿で、これで全14頭。
馬群は大きな動きがないまま、1週目のスタンド前にやって来た。歓声に煽られたアイノエゴイスト、ケイエムオトコマエ辺りがやや折り合いを欠いたものの、他馬に大きな乱れは見られない。
先頭のダイヤモンドダストの最初の1000メートルの通過は、1分0秒1。距離を考えると数字上は決して緩いペースではないが、馬場を考えると速過ぎるほどでもない。引き付け過ぎて差し勢のキレ味に屈するリスクを避けるため、ある程度のマージンを取ってセーフティーリードを保ちたいという算段だ。
一方、ザゴリラの優はその真後ろに付けて、スッポンマークの構えだ。愛馬の瞬発力に自信を持つ優は、最後の直線まで離されずにレースを進めれば、追い比べで出し抜くチャンスがあると期待していた。
後続も下手に動き辛い絶妙なペースに乗せられ、隊列は不動のままで向こう正面へと向かって行く。
そのまま3コーナーを迎えた所で、快調に逃げていたダイヤモンドダストが小さな綻びを見せる。1週目で芝が少しだけ掘れてしまったわずかな窪みに左前肢を取られ、リズムを崩してしまう。行きたがるのをなだめようとする陽介だったが、やや持って行かれ気味にペースが上がる。
これが、レースを動かす合図となった。徹底マークのザゴリラが離されまいと追い掛け、それに釣られたエースインザホールも早めに進出する。馬群は一気にペースアップした勢いそのままに、いよいよ最後の直線を迎えた。
優はザゴリラを先頭のダイヤモンドダストのすぐ外に持ち出すと、一気のスパートで抜け出しを図る。そうはさせじと陽介も応戦し、併せ馬のままゴールを目指して行く。
この同期2人の追い比べの後ろでは、流れに乗ったレースを展開して来たエースインザホールが、有馬記念の再現を狙って差を詰めて来る。しかし、いつもの後方マクりのスタイルを崩したためか、本来の爆発力が発揮出来ない。前の2頭を捕らえるほどの勢いはなく、首位争いからは脱落となった。
また、この馬場状態で広がった馬群の外を回った差し馬たちは、やはりそのロスからの挽回は難しく、直線入り口で広がった差がそのまま致命傷となってしまった。
先頭争いは、一進一退の攻防を展開していた。内の陽介は、言わば静と動のハイプリッド。安定した騎座からの力強いアクションで馬を動かす。対する外の優は、ここまでのキャリアで作り上げて来た上下動の少ないフォームで、馬の走りを妨げないことを意識してリズムよく追っている。
スタートからここまでほぼ同じ位置で競馬を進めて来た2頭の優劣を分けるのは、結局のところ競走馬としての地力の違いである。ザゴリラを信じてダイヤモンドダストをマークして来た優だったが、ついにこれを交わすことは能わず、逆に残り100メートル付近でリードを許す結果となった。
このままダイヤモンドダストのGⅠ連勝か、と思われたところで、ただ1頭差し込んで来た馬がいた。中団の内でで自分の競馬に徹していた、ロベール騎乗のプレタポルテだ。
さしもの名手ロベールもこの展開を読んでいた訳ではなかったが、元々京都外回り芝コースの4コーナーはインが開きやすいのに加えて、今回は多くの馬がコーナーの下りから早めに仕掛けたこともあり、その遠心力でぽっかりと前方に進路が確保出来たのである。
前走の大阪杯では、安全策で外を回したことが響いて3着。その反省からのイン狙いが奏功し、最短距離を走りつつ脚を溜めることに成功したプレタポルテの脚色は、まさに段違いであった。
そのままの勢いで押し切り濃厚と見られたダイヤモンドダストをゴール寸前で捕らえると、最後は1馬身突き抜けての豪快フィニッシュ。勝ち時計3分14秒0の高速決着ながら、上がり3ハロンは35秒4とやや終いを要した印象を与えた。
2着ダイヤモンドダストからさらに4分の3馬身遅れて、ザゴリラが3着。以下、エースインザホール、フェノバルビタールと入線した。
「イイレース、デキマシタ。イッパイウレシイデース」
前走の雪辱を果たしたロベールは勝利騎手インタビューで、たどたどしい日本語ながら喜びを爆発させる。これでプレタポルテは、ダービー、秋の天皇賞に続くGⅠ3勝目となった。
「3コーナーでハミを噛んだことで、動き出しがワンテンポ早くなってしまいました。そのせいで充分に脚が溜まらなかったのが、ゴール前の粘りに響いたと思います……」
勝利を目前にしての逆転負けに、陽介は悔しさを隠せなかった。
引き揚げて来てモニターでレースの一部始終を確認した優も、唇を噛んだ。
「ダイヤモンドダストと一緒に動いたのですが、意図せぬ動きだったのなら付いて行くべきではなかったです……。もしあそこで待てていれば、結果は違ったかも知れません」
勝てば女性騎手初の天皇賞制覇という快挙でしたが、という残酷な問いに対して彼女は、
「私どうこうよりあの子を、ザゴリラを勝たせてあげたかったです。勝てるだけの力を持っている馬でしたから、上手く導いてあげられずに申し訳ない気持ちです」
力なくそう答えると、管理する山本調教師にポンと肩を叩かれながら、検量室を後にした。




