198 6週間
3歳牡馬クラシック初戦の皐月賞は、圧倒的な支持を集めた1番人気ゴールドプラチナムがコースレコードで完勝。無傷の4連勝で朝日杯フューチュリティステークスに続くGⅠ2勝目を上げた。
華々しい雰囲気に包まれながら進む表彰式。そのバックに佇む着順掲示板に灯るのは、5つの馬番。
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馬券購入者からするとさほど興味もないかも知れない、5着を巡る写真判定。日本ダービーの優先出走権をこのレースで獲得した最後の一頭は、6番ブルーゲイルであった。
溜めに溜めての切れ味勝負では分が悪いと判断し、早めに動き出したストロングソーマの優。しかし、スプリングステークス覇者が前走に続いて発揮した鬼脚の前に屈し、ハナ差の6着に終わった。
「あれだけイレ込んでいると、まともなレースをさせるのは難しいと思って抑えたんですけど……。持って行かれるのを覚悟で、出して行った方が良かったんでしょうか……」
引き揚げて来た優も、落胆を隠せない。現在の収得賞金2000万円では、今年の出走予定メンバーを想定するとダービー出走が安泰とは言えない。5着以内に与えられる優先出走権は、最低限の目標でもあったのだ。
「いや、俺が乗っていても同じ選択をしたと思う。あんな状態でレースに送り出すことになったのは、俺たち厩舎サイドのミスだ。お前はよく乗ってくれたよ」
そう言って彼女の労をねぎらう太陽だったが、その表情はやはり冴えない。ダービーへ直行か、トライアルを挟むか。兄同様に使って良くなるタイプのストロングソーマではあるが、トライアルを使うとダービーは今シーズン4走目。この短期間での使い詰めの結果、本番での体調維持を著しく難しくすることは想像に難くない。
「直行で行きましょう。我々はただダービーに出たいんじゃなく、勝ちたいのですから」
即断したのは、オーナーの相馬であった。日本ダービーの出走馬18頭の中に自らの所有馬を送り込むのは、馬主として最大級の名誉のはず。ましてや馬を所有し始めて間もない彼のこの発言は、迷っていたチームリーダー・太陽の背中を強く押した。
「他馬の動向次第になりますが、出走出来る方に賭けることにします。次は6週間後の日曜日に、東京競馬場でお会いしましょう」
はるばる日高から応援に来てくれていた生産者のキラメキ牧場・安川も納得の上で、ストロングソーマは6週間後の日本ダービーを目指して調整されることとなった。
「そう言えば陽介、写真撮影の時に指を立ててなかったよね。普通、皐月賞であれだけ強い勝ち方をしたら、一本指を立ててアピールするものじゃないの?」
中山競馬場からの帰途、新幹線で一緒になった陽介に対して、優は素朴な疑問をぶつけた。圧倒的な能力差を見せ付けての一冠獲得となれば、当然ながら三冠制覇への期待も高まる。ファンサービスの意味も込めてそうするのが自然だと思っていたからである。
「そりゃあ俺がクラシックを何度も勝っているような実績充分の騎手なら、そうしたかも知れないけどな。でも今の俺は皐月賞と菊花賞を1回ずつ勝てただけに過ぎないし、この馬なら三冠を狙えるという確信を裏付けるほどの経験はまだないよ。もちろんゴールドプラチナムの強さは全く疑ってないけど、コースも距離もメンバーもガラリと変わる次のダービーを簡単に勝てるなんて、軽く考えてなんかいないから」
あれだけのスーパーホースの手綱を任されながら、陽介に驕りや油断などは微塵も感じられない。そんな彼に対して優は、騎手としても人間としても尊敬の念を抱かずにはいられなかった。
そして週が明けると、国際化の時代らしい2つのニュースが飛び込んで来た。
一つは、皐月賞を不完全燃焼の競馬で7着に敗れたインドラの乗り替わり。御子柴に代わってダービーの鞍上に指名されたのは、世界的スーパージョッキー・ヴェットーリであった。親日家でもあるヴェットーリは、一週間限定での騎乗となってしまう短期免許での来日を快く了承。本場ヨーロッパ各国のダービーを何度も制している彼が、日本ダービーのタイトルを新たなコレクションに加えることが出来るのか、注目が集まる。
さらにもう一つは、アイルランドを本拠地とする世界的オーナーブリーダー・クールポコグループの参戦。世界戦略の一環としてかねてから予備登録していたマルコポーロ号の日本ダービー挑戦が、正式決定したのだ。
同馬は、ヨーロッパ不動のリーディングサイアーであるダヴィンチの産駒。総じて重い馬場を得意とするダヴィンチ産駒の中にあって、マルコポーロは比較的硬めの馬場を好むタイプ。イギリスやアイルランドの大レースに豊富な手駒を抱えていることもあって、今回ゴーサインが出される運びとなった。
鞍上はもちろん、現在世界ナンバーワンの評価を受けているグループの主戦騎手であるジョーンズ。日本での騎乗経験も豊富な彼が騎乗するのであれば、アウェーの不利もかなり軽減されることであろう。
外国産馬にダービーが初めて解放された2001年から時は流れ、今回ついに正真正銘の外国馬が出走を果たすこととなる。この文字通りの黒船来襲は、今年の日本ダービーに一体どのようなインパクトを与えることになるのであろうか。




