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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第2部 少女のちジョッキー
197/222

197 皐月賞(5)

 馬群後方の動きをよそに、逃げるマッハマンは先頭をキープしたまま最後の直線に入って来た。


 中山コースで騎乗する騎手の心理として、その決して長くはない直線で脚を余してしまうリスクを低くする意識が働くため、位置取りや仕掛けのタイミングが自然と前掛かりになってしまう傾向がある。好位置に付けて前を交わし、後続の追撃を凌いで押し切る。これは高速馬場とスローペース症候群が生み出した現代競馬のセオリーとも合致するものではあるのだが、当然ながら常に正解という訳ではない。


 最初の1000メートルを58秒で入ったマッハマンのペースは、短距離戦ならともかく2000メートルの中距離戦としてはかなり速めであり、トータルの数字からは脚が上がると予測されるであろう。しかし今回マッハマンの鞍上・菅田が刻んだラップは、11.5-11.3-11.7-11.7-11.8という、皐月賞としてはいささか変則的なものだった。

 テンのダッシュからこれだけのスピードで走っていれば、普通なら最後に余力を残すべく途中でラップを落として息を入れる。しかし菅田は、一度も12秒を超えないハイラップを敢えて続けることで、このレースを心肺能力がものを言う持久力勝負に持ち込もうとしていた。本質スプリンターのマッハマンが、強靭な心肺を備えているのは当然である。狙うのは、意識が前にある後続になし崩し的に脚を使わせることで、GⅠ仕様の超高速馬場と短い直線を味方に付けての逃亡劇。もちろん、前走じっくり折り合いを付けたことによる力みのない好リズムの走りが、彼の自信を裏付けていたのは言うまでもない。


 果たして、暴走したと思われたマッハマンを捕まえようと動き出したはずの好位集団のほとんどは、その影を踏むことすら出来ずに、逆に突き放される始末。ハナを切れずに早々と失速したテグザーはともかく、ワイネルワイバーンやスルスミ、フリーアズアバードといった実績馬ですらも、この未経験の乱ペースに乗っかり過ぎたために、最後の急坂を待たずして踏ん張れずに脱落して行った。


 そんな中、何とか踏みとどまっていたのがフレイムハート。同じ裏路線を歩んで来たライディーンとの併せ馬から、これを返り討ちにして前を追っているものの、やはりポジションを取り過ぎたのが祟ったか交わすだけの勢いは感じられない。

 一方、並んでからの勝負強さには自信を持っていたはずのライディーンであるが、抵抗出来ずに後れを取ってしまった。これは単なる能力不足というよりも、今までの相手から一気にレベルが上がり過ぎたことが大きい。相手に合わせて相手なりに走るタイプの馬はしばしば昇級してすぐでも人気することが多いものだが、クラスが上がって行くほどその壁は高くなってしまう。上のクラスでも実力を発揮するためには、強敵との対戦経験が生きるのは言うまでもない。このライディーンのケースでも、もし重賞やトライアルの王道路線を歩むことでGⅠレベルのライバルを体感した経験があれば、結果は違っていたかも知れない。


 さらに、中団から満を持して前を捕らえに行った2番人気のエナジーフローでさえも、マッハマンを差し切るほどの末脚を繰り出すことは出来なかった。リーディングジョッキーのロベールに導かれたエナジーフローのレース運びは、中山芝2000を攻略するお手本とも言える優等生的なものであったが、この変則的な流れに正攻法は分が悪かったか。結果論ではあるが、道中でもう少ししっかりと息を入れることが出来ていれば、本来の鋭い末脚でマッハマンを捕らえることも出来たであろう。


 そしてじっくり脚を溜めたことで展開は向いたはずの追い込み勢も、予想外に前が止まらないことでクラシックタイトルの争覇圏からは脱落する結果となった。真っ先に動いたストロングソーマ、鬼脚ブルーゲイル、切れ者ポテンショメータ、ホダカブロンソンに、仕掛けのタイミングを逸したインドラを加えた5頭が、一つでも上の着順を目指して懸命の追い上げを見せている。


 普通の年なら、この皐月賞はマッハマンの鮮やかな逃げ切りで幕を閉じたことだろう。そうならなかったのは、規格外のスーパーホースがいたからに他ならない。

 驚異的な粘り腰を発揮するマッハマンにただ一頭襲い掛かったのはもちろん、怪物ゴールドプラチナム。坂に差し掛かり僅かに勢いが鈍ったマッハマンを並ぶ間もなく交わすと一気に突き抜け、最後は流すほどの余裕を見せて先頭ゴールイン。前半1000メートルを自身1分1秒で入った同馬は、最後まで加速ラップを続ける空前のパフォーマンス。上がり3ハロン32秒9とまたしても33秒を切って見せたゴールドプラチナムの勝ち時計は、コースレコードの1分57秒4。他馬に惑わされずに自分のペースで走り続けた陽介の好リードもあって、予想以上の完勝でまず一冠を手中に収めた。


 以下、決定的な3馬身半のビハインドながら2着を死守したのは、逃げたマッハマン。3着にはフレイムハートが入り、人気の一角エナジーフローはこれを交わせず4着。そして日本ダービーの優先出走権獲得の最後の一席となる5着争いは、ストロングソーマにブルーゲイルが並んだところがゴール。その優劣は写真判定に委ねられた。


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