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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第2部 少女のちジョッキー
192/222

192 厩舎力

「ヘイ、ユー。アナタがあんな所で内を開けるから、負けちゃったじゃないの!」

 桜花賞の着順確定後。ハナ差の2着に敗れたピュアクリムゾンのジョバンニは顔を真っ赤にしながら、すっかり流暢になった日本語で優にまくし立てた。このレース、優のシルエットバレエは果敢にハナを切ったものの、後続の速い仕掛けに飲み込まれる格好で9着に敗れていた。

 

 1番人気のニンリルが勝負所で大きな不利を被った影響もあり、大接戦となった1・2着争い。脚を完全に失くしたわけでもない逃げ馬が4コーナー出口で内を開けてしまったことは、騎手としては明らかな失策である。もししっかりと内ラチ沿いを締めていれば、仕掛けを待たされたニンリルが差し届かずという可能性もあり得ただろうし、最短距離を走って脚を温存出来たことがラストの逆転劇に繋がったのも想像に難くない。自らの未熟さがこの大レースの優勝を左右してしまった責任を受け止めた優は、ただただ俯くことしか出来なかった。


 また、レヴェランス、アンビシャスガールに次ぐ5着に終わったルックフォーラックの陽介も、レース後は神妙な面持ちを崩さなかった。

 馬が苦しがったことによる突発的な斜行とはいえ、大本命馬への致命的とすら思えた進路妨害は、結果次第でレースに大変な後味の悪さを残しかねないものだった。ニンリルが何とか勝ち切ってくれたことに、陽介は心から安堵していた。

 その斜行に対するペナルティーとして、陽介には開催2日分の騎乗停止処分が科された。現在のルールでは処分の起算点は2週間後となるため、来週の皐月賞には問題なく騎乗可能である。


 こうして優と陽介の同期コンビ揃い踏みで臨んだ今年のクラシックレース初戦・桜花賞は、二人にとってほろ苦い結果に終わったのだった。



 週が明けると東西のトレセンは、豪華メンバーが集う皐月賞を控えて一層盛り上がっていた。もちろんその中でも話題の中心となっているのは、無敗の王者ゴールドプラチナム。多くの記者たちが同馬に密着取材を行う中、優の友人でもある女記者の冴は、今回のストロングソーマが開業後初の牡馬クラシック挑戦となる神谷厩舎の長である調教師の太陽を直撃していた。


「神谷先生、お忙しい中取材を受けて頂きありがとうございます。いよいよ皐月賞ウィークですが、ストロングソーマの調整は順調ですか?」

「弥生賞の後は疲れや反動もなく、予定通りの調教を消化しているよ。先週強めに追っているし、今週はテンションも考慮して終いだけサッとやる感じかな」

 社交辞令的な会話でスタートしたこの取材だったが、冴が聞きたいのはそんな見ていれば分かるような表面的な話題などではなかった。


「ストロングソーマにとって皐月賞の舞台となる中山の2000はピッタリという印象を受けますが、ここで仕上げ過ぎるとダービーまでの体調管理が難しくなると思うのですが、その辺りはどうお考えでしょうか?」

「……そうだな。この馬は受けて立つ立場ではないし、出し惜しみしていては少ないチャンスをものにすることも難しくなってしまうからな。とりあえず叩き2戦目のここできっちりと馬を作っておいて、ダービーまでのひと月半で状態を維持、あわよくば上昇させたいと思っているんだ。幸いこの馬は叩き良化タイプだし、ガタっときてお釣りなしということにはならないはずだよ」


「────今日は貴重なお時間を割いて頂き、本当にありがとうございました」

 一通りの取材を終え、太陽の元を辞した冴は、自分がチーム・ストロングソーマに対して漠然と抱いていた不安要素が、杞憂ではなかったと確信せざるを得なかった。それは、大レースを勝ち抜くためのいわゆる「厩舎力」の不足である。


 GⅠレースを勝ちまくるような名門厩舎には当然、失敗や成功を繰り返しながら培って来た人材やノウハウというものが存在する。

 調子のピークの更に上を狙う勝負仕上げ、弱点克服のための馬具や調教内容の創意工夫、飼い葉に仕込むサプリメントの門外不出のレシピ、外厩などの施設を駆使したコンディションの維持、etc.

 そうした厩舎独特の強みのような物が、今の神谷厩舎からは伝わって来なかったのである。


 もちろん神谷 太陽はひとかどのホースマンであり、騎手としての華々しい活躍だけでなく馬に対する造詣も深い。助手の太一は調教の時計感覚に優れているし、厩務員の綾だって担当馬の小さな異変も見逃すことのないよう献身的に世話をしている頑張り屋さんだ。

 ただ彼らにも、強豪ひしめく大レースで馬にプラスアルファを与えるほどの武器は存在しなかった。残念ながらこれまでの神谷厩舎は調教師リーディングでは中の下辺りが定位置で、GⅠ級のレースの経験が圧倒的に不足している。その結果として現状、皐月賞だろうがダービーだろうが、彼らは()()()()()()()()()、ただただ目標のレースに向かって馬を仕上げていくことしか出来ないのである。


 名ジョッキー、必ずしも名トレーナーならず。そんな昔ながらの競馬界の格言を、冴は今更ながらに噛みしめていた。その神谷厩舎が送り出すストロングソーマに跨る優は、トレセン内ではそこそこ乗れる若手、中堅クラスという評価が定着している。そんな彼女に対し、この厩舎力不足を補うだけの神騎乗を期待するというのは、リーディング上位のトップジョッキーたちを向こうに回してはあまりに酷ではないだろうか。

 現実が甘くないことは承知しつつも、小さな友人の大きな活躍を祈らずにはいられない冴であった。



 

 


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