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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第2部 少女のちジョッキー
188/222

188 大阪杯

 暦はもうすぐ4月を迎える。季節も競馬も、いよいよ春本番の様相を呈して来た。

 春シーズンの花形である3歳クラシックの開幕を翌週に控え、今週は古馬の中距離GⅡ・大阪杯が行われる。舞台は阪神競馬場の芝2000メートル。時期的にドバイミーティングと被るとはいえ、春の天皇賞や安田記念を見据えた有力馬も含めて例年好メンバーが集うレースである。



第2回阪神競馬4日目 第11レース 大阪杯

(GⅠ 4歳以上オープン 定量 芝2000メートル内回り 良)


1枠1番 アールタイプ    牡5 57キロ 御子柴


1枠2番 ジェットマン    牡7 57キロ 相川


2枠3番 マシンハヤブサ   牡6 57キロ 福山


2枠4番 セボンマキシマム  牡5 57キロ 山田


3枠5番 ラッキーストライク 牡4 57キロ 蟹田


3枠6番 ウイニングショット 牡6 57キロ 菅田


4枠7番 ラウンドアバウト  牝4 55キロ ジョバンニ 


4枠8番 タイワレジェンド  牡6 57キロ 屯田


5枠9番 ホークコマンダー  牡4 57キロ 島田義


5枠10番 フェノバルビタール 牡4 57キロ 田崎 


6枠11番 プレタポルテ    牡6 57キロ ロベール


6枠12番 セイショウタイザン 牡8 57キロ 川越


7枠13番 ブラックジョーカー 牡4 57キロ 棚田


7枠14番 ワイネルシュトルム 牡4 57キロ 増岡


8枠15番 ドライヴァーズハイ 牡4 57キロ シュミット


8枠16番 ダイヤモンドダスト 牡4 57キロ 神谷


 出走馬の半分に当たる8頭がGⅠ馬という豪華メンバーとなったこの一戦。その中で1番人気の座に就いたのは6枠11番、ロベール鞍上のプレタポルテ。ダービーと秋の天皇賞という勝ち鞍が示す通り、自慢の差し脚を生かすにはこの内回りコースは不向きであるものの、実績と距離適性、加えてトップジョッキーのロベールなら上手く対応してくれるのではないかとの期待込みでの人気となった。それでも3.3倍という微妙な単勝オッズが、このレースの混戦模様を物語っていた。


 これに次ぐ支持を集めたのが大外8枠16番、落馬負傷から今週復帰した陽介のダイヤモンドダスト。この馬の武器である先行力と瞬発力を生かすには最高の舞台設定ではあるものの、菊花賞→有馬記念と長丁場のレースを続けて使ったことで、距離短縮の今回スムーズに流れに乗れるかという懸念もあり、単勝3.6倍とわずかに後れを取っての2番人気に甘んじた。


 以下、オークスとエリザベス女王杯の覇者ラウンドアバウト、マイルGⅠ2勝のドライヴァーズハイ、昨秋の天皇賞2着のセボンマキシマム、安田記念馬アールタイプと続く。


 この強敵揃いの状況の中、パドックで愛馬に跨った陽介は自分が勝利への最短距離にいると確信していた。2週続けて騎乗した追い切りからは休み明けながら絶好の仕上がりが伝わってきており、馬体重のプラス10キロも太目感は全くなく、馬体がしっかりと成長して全体に一回り大きくなっていた。自分がスムーズに導いてさえやれば能力的に間違いなく勝ち負けになる、と馬上で集中力を高めていた。


 

 スタートが切られるとまず飛び出したのは白い帽子、1枠2番のジェットマン。鞍上は雅だ。実はこの馬、この春勇退した調教師を引き継いで開業した古畑へのご祝儀として、転厩して来た馬であった。

 古畑は騎手引退前から可愛がっていた雅を育てるため、主戦騎手として積極的に起用していた。年齢的にピークを過ぎていることもあり、アイドル的人気を誇る彼女を乗せることで話題になればと、馬主の快諾を得てのGⅠ参戦となった。

 雅も現状の能力的に勝負にならないであろうことは重々承知の上で、この馬らしいスピードを見せ付けられればいい、テレビ馬上等とばかりにテンから躊躇なく飛ばして行く。


 このペースに付き合うこともなく2馬身ほど離れた2番手に付けたのが、13番ブラックジョーカー。その直後に3番マシンハヤブサ。そして小倉記念と同じように6番ウイニングショットがその直後に付ける。さらに4番セボンマキシマム、8番タイワレジェンド、10番フェノバルビタールと続いて好位集団を形成している。


 そこから1馬身ほど開いた中団の1番手に付けたのが、大外16番から出たダイヤモンドダスト。スタートは五分以上に出ておりいつもの先行策に打って出ることも可能だったが、出して行くこともなく馬なりでポジションを下げて行った。次走の3200メートルでの折り合いを考えて、急がせる競馬をさせたくないという陽介の判断である。加えて菊花賞では出遅れからの差し切りを果たしており、その自在性は立証済みという認識もあって、この位置取りとなった。


 これをマークするように外に被せて来たのが、1番人気の11番プレタポルテ。ダイヤモンドダストを動き辛い位置に追いやってあわよくば出し抜いてやろうというロベールの意図が透けて見える。

 さらに7番ラウンドアバウトも続いて、人気3頭がひとかたまりとなってレースを進めて行く。内からアールタイプが追走して、ここまでが中団。


 後方集団は、スタートで安めを売った14番ワイネルシュトルム、12番セイショウタイザン、15番ドライヴァーズハイ、5番ラッキーストライクの4頭で、これで以上16頭。


 気風良く逃げているジェットマンの刻んだ前半1000メートル通過タイムは、58秒8。若干速いというくらいのペースだが、番手のブラックジョーカーがじわじわと差を詰めながら追走しており、思うように息を入れられない。3コーナーで棚田に促されたブラックジョーカーが先頭を奪うと、抵抗する余力もなくなった雅とジェットマンはずるずるとテレビの画面外へと後退し、ペースメーカーとしての役割を終えた。


 これを皮切りにレースが一気に動き出す。決して長くはない直線の攻防に向けて各馬が早めに仕掛けて行く中、人気2頭の進路取りは内外に分かれた。ダイヤモンドダストはそのまま内の馬群へ突入し、それに蓋をしていた格好のプレタポルテは遮る者のない大外を一目散に駆け上がって行った。

 ロベールはライバルを上手く内に押し込めたとほくそ笑んでいたかも知れないが、実のところ陽介は最初から外を回すつもりはなかった。


(実力伯仲のレースだけに、外々を走らされるリスクは避けたい。詰まるリスクは承知の上で、馬群を割るレースをしよう)

 陽介は、戦前のレースプラン通りにロスなく回るだけでなく、ロベールが大外をぶん回すであろうこともある程度読んでいた。

(去年のロベールは、馬の能力に任せて安全策で外を回すレースが増えていた。抜けて強い馬にたくさん乗り過ぎてしまうと、どんな名手だってスムーズなレース運びを優先するようになるものだ……)


 果たして先に仕掛けて先頭を奪ったプレタポルテだったが、各馬が同じタイミングで動いたことで大きく膨らんだ馬群の外に出す羽目になり、かなりの無駄脚を使うこととなってしまっていた。

 鮮やかに馬群を割って出て来たダイヤモンドダスト、垂れて来る先行馬を上手く捌きつつ最内を突いたアールタイプとの追い比べにわずかに後れを取り、3番手でのフィニッシュとなった。


 先頭争いは、好枠を生かして最短距離を上手く立ち回ったアールタイプが一旦抜け出たものの、マイラーの同馬にはこの2000メートルという距離がベストではなかったか、最後の坂で僅かに失速。これをパスしたダイヤモンドダストが、1分58秒9の走破タイムで見事に優勝。菊花賞に続くGⅠ2勝目を飾った。レースの上がり3ハロン35秒9に対し、勝ち馬の上がりは34秒8。ポジショニングとコース取りがフィットした、戦略の勝利と言えた。


 骨折からの復帰週をGⅠ制覇で飾った陽介は、勝利ジョッキーインタビューでこう宣言した。

「今年は関東だけではなく、全国リーディングを狙いたいと思います」

 日本の競馬騎手界は今まさに、若き天才・陽介の時代を迎えようとしていた。


 







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