184 ファルコンステークス
3月も中旬に至り、クラシック初戦に向けて牡牝ともトライアルレースが順調に消化され、本番の出走馬が徐々に固まりつつある。今週は土曜にGⅢファルコンステークス、牝馬GⅢフラワーカップ、皐月賞トライアルの若葉ステークス、日曜に同じく皐月賞トライアルのGⅡスプリングステークスと、3歳路線の重要レースが目白押しとなっている。
このうちファルコンステークスには、2歳の重賞戦線で大活躍したマッハマンが予定通りエントリー。朝日杯フューチュリティステークスで3着に敗れ、連勝が止まった後の初戦となる。通常なら動かぬ大本命となるのだが、今回この馬の周辺がにわかに騒がしい。
溢れるスピードに任せての逃げを身上とする同馬だが、今回の本追い切りはいつもの坂路ではなくウッド。しかも先行する僚馬の後ろで終始我慢させるという調教内容で、脚質転換を匂わせるものだった。
「皐月賞でも大逃げを打つであろうテグザーとの兼ね合いを見据えて、控える競馬を試みるのではないか」
「距離延長に対応するため、折り合い重視の調整に変えて来たのかも」
様々な憶測が飛ぶ中、競馬マスコミ各社の報道にファンも敏感に反応。他馬より1キロ増という恵まれた斤量設定にも関わらず1.8倍とこの馬にしては高めの単勝オッズが、馬券購入者の困惑と不安を物語っていた。
「マッハマンが本当に控えるのなら、この子にもチャンスはありそうですね」
朝日杯では9着完敗に終わったソーマスターシップの優も、その情報を耳にして色気を持っていた。この馬のスピード能力なら、GⅠでは厳しいかも知れないがGⅢ辺りなら勝負になってもおかしくはない。加えて大本命のマッハマンが迷走しているとなれば、重賞制覇のチャンスも充分にある。そう考えた優は腕を撫していた。
そのライバルとなるのが、GⅢサウジアラビアロイヤルカップの覇者スーパーソニック。マッハマンに完敗して路線変更し、ホープフルステークスに挑戦するも惨敗。再びマイル路線に戻って来た。スピードを生かす本来の競馬に徹すれば怖い一頭だ。
1番人気 8枠16番マッハマン 1.8倍
2番人気 2枠4番スーパーソニック 3.2倍
……………………
5番人気 1枠1番ソーマスターシップ 10.1倍
そしてゲートが開くや否や、場内を大きなどよめきが覆う。人気のマッハマンは逃げるどころか、鞍上の菅田が促す気配すら見せずに、後方15番手のポジションを悠然と馬なりでキープしているではないか。
(これはいくら何でも……)
これまでの快速自慢とはかけ離れた本命馬のレースぶりに怒号さえも上がり始める中、先手を奪ったのは優のソーマスターシップ。中途半端な競馬をするよりも、持ち前のスピードと持続力を生かした方がいいのではないか────前回、優等生の競馬で見せ場なしに終わった反省を生かし、思い切った手に打って出たのだ。最内枠という条件にも恵まれ、ダッシュ良く先頭に躍り出た。
これをマークするように、2番手に付けたのがスーパーソニック。鞍上のジョバンニの手綱は全く動いておらず、楽に好ポジションを奪取して追走して行く。
逃げるソーマスターシップの最初の600メートルの通過タイムは、34秒6。1400メートルの重賞レースとしては緩めの流れで、観衆に前残り決着を予感させるには充分なペースであった。
マッハマン危うし!
そんな不穏なムードが高まる中、後方の内目を追走していたマッハマンを、直線入り口で鞍上の菅田が外へと誘う。馬群の切れ目を横断する大胆なコース取りでロスなく大外に持ち出すと、菅田は右鞭を一閃するのだった。
一方先頭争いは、展開を利して抜け出したソーマスターシップとスーパーソニックの一騎討ちの様相。ただ必死に鞭を入れて応戦する優を横目に、ジョバンニは痺れるような手応えでいつでも抜け出せる構え。その優劣は見た目にも明らかであった。
尻上がりに加速して行くラップを刻む中、残り150メートル付近で満を持してスーパーソニックが先頭に躍り出た。盤石のレースぶりで重賞2勝目を飾る────と思われた所で、外から矢のように伸びる馬が1頭。溜めに溜めた末脚を爆発させた、菅田とマッハマンのコンビがかっ飛んで来た。
なおも食い下がるソーマスターシップ、抜け出したスーパーソニックを並ぶ間もなく交わし去ると、最後は2馬身差を付ける余裕のVゴールを決めて見せた。良馬場の勝ち時計は1分20秒7の高速決着となった。
11.6―11.4―11.3という後半の加速ラップを豪快に差し切ったマッハマンの上がり3ハロンは、実に32秒9。距離不安を抱えた馬を脚質転換で後方待機させるのは菅田の十八番であるが、今回はそれが見事に決まった形となった。大本命馬の魅せる勝ちっぷりに、中京競馬場は一転大喝采に包まれた。
「朝日杯でああもあっさり捕まっては、逃げてもあの化け物には勝ちようがないと思ってたんだよ。満くんには何も言わなかったけれど、彼も同じ気持ちだったようだね。逃げて速いだけではなく、追い掛けても速いことを証明出来たし、これなら皐月賞も楽しめるんじゃないかな。」
マッハマンの高田オーナーも上機嫌で、鮮やかな直線一気を決めた人馬を称えた。
テグザーとの先頭争いという見所は消滅したものの、スプリント能力の高さを終いに転化することに成功したマッハマンは、一躍皐月賞の有力馬に再浮上して見せた。ただこの脚質転換の結果、本番でも飛ばすであろうテグザーの番手以降は一転ペースに恵まれることが予想され、タフな展開になると思われたクラシックにも小さくない一石を投じることとなった。




