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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第2部 少女のちジョッキー
183/222

183 ラスト1ハロンへの挑戦

 今年初戦の弥生賞はGⅠ馬エナジーフローの2着に敗れたストロングソーマ。賞金を加算した上で皐月賞の優先出走権を確保し、結果的にはまずまずの滑り出しとなったものの、鞍上の優を始めとする陣営の表情は決して晴れやかではなかった。それは、アイビーステークスに続いてエナジーフローに千切られての完敗に終わった事実よりもむしろ、クラシック本番を見据えて先行馬としての競馬を教え込んで来たこれまでの苦労が、成長に伴う馬の変化によって水泡に帰してしまったことを思い知らされたからに他ならない。


「スタートで煽ってしまったにしても、ちょっと前進気勢が強過ぎるな。こんな一本調子のレースしか出来ない状態だと、ダービーの東京2400で勝ち負けするのはなかなか厳しいと言わざるを得ない」

 指揮官である調教師の太陽は、敗因を有り余る前向きさに求めた上で、デビュー前から危惧していた距離適性の不安がさらにシビアになったことを示唆した。


「全体に筋肉がしっかりと付いて格段に力強くなったけど、その分胴が詰まったように見えるね。ぱっと見はマイラーっぽい印象かも」

 調教パートナーとして日頃からストロングソーマを見続けて来た太一も、ダートの中距離馬としての完成度が上がったことで、結果としてダービー制覇の夢が遠ざかった現実を認識していた。


「今日は私が上手く導いてあげられなかったし、初めての休養明けで走りたい気持ちが強く出過ぎていたのも大きいと思います。一度使ったことでガス抜きが出来れば、次はもっとやれるはずです。……先生は、このままスー君が走る距離を延ばして行ったら、どの辺まで持つと考えてるんですか?」

 優は自らの騎乗を反省しつつ、今のストロングソーマの限界について師匠に尋ねた。


「……相手関係は置いておくとして、道中ロスなく運ぶことが出来れば────そうだな、2200辺りまでが力を発揮出来るギリギリのラインだろう。あと200を埋めるのは簡単なことではないし、今年の超ハイレベルな3歳世代は、そんな不安を抱えた馬を勝たせてくれるほど甘くはないだろう」

 太陽の返答は言外に、この馬のダービー挑戦が実を結ぶ可能性は極めて希薄であることを窺わせた。


「確かに早々にダート路線を走らせてあげた方が、ストロングソーマは順調に出世するのかも知れませんね。でも引退後の処遇を含めた将来のことを考えると、やっぱり芝でどこまでやれるのかを見極めてみたいところはあります。それに何より、ダービーへの挑戦そして勝利は、ホースマンにとって最大の夢であると私は思っています。人間のエゴでダービーを目指すと決めてここまでやって来たんだから、そこにたどり着くまでは諦めずに挑戦しようじゃないですか」

 距離延長に疑問符の付くレース結果を受けて揺らぎを見せたチームストロングソーマであったが、相馬オーナーの鶴の一声で引き続きクラシックロードを歩むことが決まった。とは言え、大一番の日本ダービーまでは残すところあと二か月足らず。一日一日変わって行く生き物相手に劇的な変化を求めるには、残された時間はあまりにも少ない。ラスト1ハロンを克服すべく、優と神谷厩舎の試行錯誤は続く。



 翌週の桜花賞トライアル・GⅡフィリーズレビューは、人気のアカネサスソラが順当に勝利。ファンタジーステークスに続く重賞2勝目を飾ったものの、暮れの阪神ジュベナイルフィリーズでマイルでの限界を露呈した同馬の勝利は本番に結び付くとは考え辛い。今年の桜花賞は女王ニンリルと新星ピュアクリムゾンの無敗馬対決が焦点となりそうである。

 なお、同日のもう一つのトライアルであるアネモネステークスに臨んだ優のお手馬シルエットバレエは、重賞戦線に有力馬が分散する中で、手薄な出走メンバーにも恵まれこれを快勝。世代上位陣との力差はあるものの、リステッドレースの1着賞金を上積みしたことで、オークスまでの出走をほぼ確実としたのだった。


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