182 弥生賞
牡馬クラシックの最初のトライアルレースは、皐月賞トライアルとして一番の格と歴史を誇るGⅡ・弥生賞。近年はローテーションの多様化や有力馬の使い分けが進み、豪華メンバーが揃い踏みという年は少なくなって来たものの、今年はホープフルステークスの覇者エナジーフローを中心として好メンバーが集まった。
第2回中山競馬4日 第11レース 弥生賞ディープインパクト記念
(GⅡ 3歳以上オープン 定量 芝2000メートル 良)
1枠1番 ダンシングヒーロー 牡 56キロ ジョバンニ
2枠2番 アラマイヤカイザー 牡 56キロ 屯田
3枠3番 ストロングソーマ 牡 56キロ 藤平
4枠4番 ワイネルアートマン 牡 56キロ 戸村
5枠5番 オテンバガール 牝 54キロ 仁村
6枠6番 ケイエムトリガー 牡 56キロ 多田
6枠7番 ワイネルワイバーン 牡 56キロ 増岡
7枠8番 エナジーフロー 牡 56キロ ロベール
7枠9番 セイショウケンザン 牡 56キロ 川越
8枠10番 ヂアミトール 牡 56キロ 蟹田
8枠11番 グラスホッパー 牡 56キロ 仲本
圧倒的な1番人気に支持されたのは、GⅠホースのエナジーフロー。出走馬の大半とは勝負付けが済んだと見られており、単勝オッズは実に1.2倍。調教過程もすこぶる順調で、東京スポーツ杯2歳ステークスで完敗を喫したゴールドプラチナムに本番でリベンジを果たすためにも、前哨戦で負けてはいられないという必勝ムードが陣営には漂う。
離れた2番人気は、ここと同コース同距離の葉牡丹賞を制して以来となるストロングソーマ。プラス16キロと一回り大きくなった馬体は太目残りを感じさせず、短い休養での成長が見て取れる。本命馬のエナジーフローには直接対決したアイビーステークスで千切られているものの、武器である豊かなスピードと先行力が生きる中山コースで逆転を狙う。
3番人気は、ホープフルステークス4着からの巻き返しを期すワイネルワイバーン。札幌2歳ステークス2着の後は伸び悩んでおり成長力に疑問符は付くものの、完成度とレースセンスの高さで上位進出を目論む。
4番人気は、葉牡丹賞でストロングソーマと接戦を演じたダンシングヒーロー。格上挑戦で挑んだホープフルステークスは連戦の疲れもあってか8着と惨敗に終わったが、一息入れて立て直したここは、勝負強いジョバンニを鞍上に配して権利取りを目指す。
各馬枠入りが順調に進む中、奇数枠で早めに3番ゲートに収まったストロングソーマの優は、スタートに全神経を集中させていた。馬体のマッチョ化が進んでスピード色が色濃くなって来たこともあり、師匠の太陽から教わった通りに“フワッと”ゲートから出して、リズム良く先行させたいところである。
ところがここで誤算が生じる。偶数枠の馬が次々と枠入りを終えて行く中、一番最後の大外グラスホッパーがこれを嫌がり激しく抵抗。ストロングソーマは長い時間、狭いゲートの中で待たされることとなってしまった。久々のレースということもあり走る気満々の同馬は次第にテンションが上がり、首を上下に振って落ち着かない仕草を見せ始めた。
(スー君、駄目。ちょっと落ち着いて……)
優はストロングソーマの首を横に向けて落ち着かせようとするが、しっかりと駐立することが出来ない。そんな彼女の焦りを嘲笑うかのように、このタイミングで無情にもスタートが切られてしまった。
大きな出遅れではなかったが、ワンテンポだけ後手を踏んだストロングソーマと優。
(しまっ────)
想定外のこの出遅れに際し、優は騎手の本能で、反射的に一押ししてしまった。その指示に応えてストロングソーマは猛然と飛び出して行く。
ストロングソーマはスタートの失敗をものともせず、あっさりと先頭に立つ。しかし鞍上の優は立ち上がり、明らかに持って行かれながらも何とか抑えようと試みている状態で、人馬の呼吸は全く合ってはいなかった。
(手綱をくれてやって行かせるのも手だけど、それじゃあこの子は我慢できないで行くだけの馬になっちゃう。ここは、喧嘩してでも抑え込まないと……)
優は手首を下げて手綱を落とし、腰を高く上げながら、自らの強みである当たりの柔らかさを生かして、懸命に推進力を逃がそうと試みた。勢いの付いたストロングソーマはブレーキを掛け続ける優に反抗するように口を割り加減で走り続けたものの、ようやく納得して折り合わせることに成功した。しかしこの時、レースは既に600メートルを消化していた。
ストロングソーマの前半1000メートルの通過タイムは、59秒3。開幕2週目で芝のコンディションが良好なのを考慮しても、この時期の3歳戦としてはオーバーペースだ。2番手を追走するワイネルワイバーンに6馬身の差を付けて、大逃げの形で向こう正面を駆け抜けて行く。
勝負所の第3コーナーから後続が徐々に差を詰め始める中、先頭を走る優の手綱は動かない、いや、動けなかった。
前半で折り合いを欠いたことによるスタミナの消耗はあまりにも大きく、瞬発力不足は承知の上で後続を限界ギリギリまで引き付けて、脚を温存する以外に選択肢は無かったのである。
そして最後の直線。ワイネルワイバーンが2馬身差まで迫ったところで、ようやく優はゴーサインを出し、これを再び突き放しに掛かる。一瞬の脚に関してはそれほど鋭いものを持ってはいないワイネルワイバーンはこれに食らい付くことが出来ない。何とか振り切って欲しいと彼女が願ったその刹那────
持ったままの余裕の手応えでこれをあっさり捕らえ、突き抜けたのは、大本命馬エナジーフロー。リズムを欠いたストロングソーマと優とは対照的に、中団で完璧に折り合ったエナジーフローとロベールの最強コンビは、みるみるうちにこれを引き離して差を広げて行く。
結局同馬は最後手綱をがっちりと抑える余裕を見せ、1分58秒8のレースレコードで5馬身差の圧勝。レースの上がり3ハロン36秒3の消耗戦に対し、自身の上がり34秒8はこれを1秒5上回る、まさに完勝であった。
早々に勝機を失ったストロングソーマだが、優は必死にこれを追って粘り込みを図る。一度は置いて行かれたワイネルワイバーンが、そして差し勢からはダンシングヒーローとセイショウケンザンが一完歩ごとに接近して来て、2着争いは大混戦となった。
3頭がもつれるようにゴールする中、ストロングソーマは頭差で辛うじて2着を死守した。以下3着ダンシングヒーロー、さらに鼻差で4着セイショウケンザンと入線。
この結果、1着エナジーフロー、2着ストロングソーマ、3着ダンシングヒーローの3頭が、本番の皐月賞の優先出走権を獲得した。
しかし、引き揚げて来た優の表情に笑みは無かった。気性面で大きな課題の残るレース内容。そして何より2着に終わったことで、ストロングソーマの収得賞金は900+1100=2000万円止まり。ベストのレース運びが出来てもこの日のエナジーフローに勝てたかどうかは分からないものの、この結果はストロングソーマの今後のローテーションにも暗い影を落とすこととなった。




