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少女ときどきジョッキー  作者: モリタカヒデ
第2部 少女のちジョッキー
181/222

181 春来たる

 交流GⅡ・エンプレス杯を勝利したロマンシングソーマは、そのまま放牧に出された。ダート路線を歩む牝馬にとって、春シーズンは大目標となる大レースに乏しいため、秋に控える交流GⅠ・JBCレディスクラシックを見据えての決断だ。連戦の疲れを癒すと同時に、並み居るライバルを打倒するためにも更なる成長が期待されるところである。


 そして2月最後の中央競馬も終了し、いよいよ3月、クラシック本番の足音が聞こえて来る季節が到来する。優とストロングソーマにとっても勝負の時期を迎えることとなる。


 その前に、今年はうるう年。優は2月29日で4年に1度の誕生日を迎え、20歳になった。療養中の陽介や厩舎スタッフも参加して行われたささやかな誕生パーティーで、彼女は生まれて初めてビールを口にした。

「苦みがきつくて、正直美味しくないです……。」

 彼女はビールをコップ一杯味わっただけで、あとは好物のジンジャーエールを飲んで過ごしたという。歳を重ねても味覚はまだまだ子供、酒をたしなむには早過ぎたようである。


 3月の開幕を飾るのは土曜阪神のGⅡチューリップ賞、日曜中山のGⅡ弥生賞の両トライアル。共に本番と同じコースで行われる、重要な前哨戦である。

 優のお手馬のうち、牝馬のシルエットバレエは強力メンバーを避けて来週の中山のアネモネステークスで桜花賞の優先出走権獲得を狙っており、今週は弥生賞のストロングソーマに全力投球の構えである。


 優が騎乗して追い切られたストロングソーマは、相変わらず回転の速いフットワークを繰り出して、調教パートナーを大きく突き放す絶好の追い切りを披露した。美浦のウッドコースで5ハロンから63秒4-37秒0-11秒9の好タイムをマーク。上々のコンディションと肉体面の成長をアピールし、順調な調整ぶりを印象付けた。

 しかしスポーツ紙が大きく取り上げたのは同馬ではなく、昨年末のホープフルステークスを勝ってGⅠ馬となったエナジーフローの方であった。こちらは輸送を考慮して最終追い切りは単走で軽く流したものだったが、追えば弾けそうな力強いフットワークは充分な仕上がりを感じさせるもので、前哨戦だから負けてもいいなどという隙は微塵も感じさせなかった。


「やっぱりエナジーフローが相手になるでしょうね。でも、ここは権利取りだけじゃなく、勝って賞金を積み上げたいです。ダービーのカットラインは高くなりそうですし……。」

 取材に訪れた綾に対し語った優の脳裏には、先週のすみれステークスを勝って無傷の4連勝を飾ったライディーンの姿があった。同馬は重賞を一度も使っていないものの、リステッドを連勝したことで収得賞金は2900万円となっており、ダービー出走に当確ランプが灯っている。ハイレベルで群雄割拠状態のこの世代においては、2歳重賞ウイナーですら安穏とはしていられない情勢となっており、今後のローテーションを考えると1着の収得賞金2700万円を獲得したいところである。


 土曜のチューリップ賞は、大本命のニンリルが単勝1.1倍の圧倒的支持に応えて楽勝。2着にはレヴェランスが入り、暮れの阪神ジュベナイルフィリーズと同じワンツーとなった。

「順調なスタートが切れてホッとしています。1頭強い馬も出て来ましたが、僕はこの馬の力を信じてレースをするだけです。」

 快勝にも関わらず、鞍上の菅田は慎重なコメントである。彼の言う強い馬とは、2月の牝馬GⅢ・クイーンカップを勝って2戦2勝とした関東の新星・ピュアクリムゾン。軽快な先行力と持続力を兼ね備えたレース巧者で、末脚を武器とするニンリルにとっては天敵とも言えるタイプであろう。予定通り日本ダービーに駒を進めるためには、この新たなライバルを打倒して再度牝馬に敵無しを証明しなければならない。


 そして日曜日。いよいよ優とストロングソーマの今年の初陣、弥生賞がスタートする。アイビーステークスで苦杯を嘗めた強力なライバルに加え、スピード色が色濃くなって来た自らの限界とも戦わなければならない。師匠の太陽直伝の“フワッと出す”技術を武器に、果たして優は愛馬をクラシック本番に導くことが出来るであろうか。18頭の出走枠を巡る激しい戦いの幕が、今上がる。



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